今にも泣き出しそうな顔で動こうとしない瑞希を見て、達也は瑞希が困っている事を悟った。

おそらく自分に家を教えたくないのだろう、と達也は思った。

「あ、ごめん。俺なんかに家を教えたくないよな?」

瑞希とは、この数時間の間にずいぶん心が通い合ったように達也は感じていた。

しかしそれは、自分の一方的な思い込みだったんだなと、達也は思った。

達也は瑞希に鞄を返すと、「じゃあな」と言って瑞希に背を向け、改札に向かって歩きだしたのだが…


「池上君、待って?」

それは小さな声だった。
普通なら、周囲の騒がしさに掻き消されるような、少女のか細い声だった。

しかしその声は、不思議と達也の耳まで届いた。あるいは、達也の心に届いたと言うべきかもしれない。

振り返ると、目に涙をいっぱい溜めた瑞希が立っていた。