《完》オフィスに鍵をかけて 〜キケンな部下と秘密の恋〜

     ☆☆☆☆☆



何かおかしいって、二日目
にはもうハッキリと気づいてた。




昨日は、単に体調か機嫌が
すぐれないだけかなって
思ってたけど。



でもさすがに、今日は明らか。





――だって、今日は
バレンタイン。




予想通り瑞樹クンのところ
には、挨拶くらいしかした
ことないはずの他部署の
コまでが、チョコを渡しに
詰めかけて。



_瑞樹クンはそのコ達全員に、

『ありがとー、すごく嬉しい♪』

って、笑顔で話してるのに。




「……ね、瑞樹クン。

午後の広報との打ち合わせ
なんだけど……」




「――広報?

あ、それだったら任せるんで。

莉央さんの好きにどうぞ」




「え…………」





やっぱり、まただ。




あたしに対してだけ、
明らかに不自然な仏頂面。




態度も口調も、ロコツな
までにそっけない。



_朝イチで部の他のコ達と
一緒にチョコを渡した
時も、あたしとは直接
目をあわさず、

『みんなありがとー』

としか言ってなかったし……。




(あたし……避けられてる?)




もはやそれは憶測じゃ
なく、確信だった。




(でもどうして?

あたし何か、瑞樹クンを
怒らせるようなこと
したっけ――?)




記憶を探ってみるけど、
心当たりは全くない。



_(でもきっとあたしが
気づかないだけで、何か
あるんだよね……)




そうでなきゃ、いつも
あんなに人当たりのいい
瑞樹クンがこんな態度に
なるなんておかしいもの。




結局午後の打ち合わせ
でも、瑞樹クンはニコリ
ともしないで事務的な
ことを話すだけだった。




あたしはほとほと困り
果てて、どうしていいか
わからなくなってしまう。



_仕事がしづらいのも
もちろんある。




でもそれ以上に、毎日
当然のようにそこにあった
ものが、ある日突然に
なくなってる戸惑い。



それが、むしょうに
あたしを不安にさせてた。




(あんなに毎日、莉央さん
莉央さんって子犬みたいに
ついて来てたのに。

どうしてよ……なんで
いきなり、そんな
態度なの……?)




何かあたしに腹の立つ
ことがあったなら言って
くれればいい。



_でも何も言わないまま
冷たくされたら、あたし
にも全くわかんないよ。




(なんかイヤだ、こんなの。

こんな状態なら正面切って
ケンカした方がまだマシだよ)




打ち合わせが終わった
時点で、あたしは決心した。




二人で無言でオフィスに
戻る道中、何度か使った
あのB会議室が空いてる
のに気づく。




(打ち合わせ、予定より
だいぶ早く終わったし……
今しかないかも)



_そう思ったあたしは立ち
止まって、前を歩いてた
瑞樹クンを呼び止めた。




「瑞樹クン、ちょっと待って。

話がある」




瑞樹クンはやっぱり表情の
ない顔でノロノロと振り返り、




「話? なんですか?

デスクに着いてからで
いいんじゃ――」




「デスクじゃできないから
言ってるんでしょ。

いいから、ちょっとこっち来て」




あたしは周りに誰もいない
のを確認して、彼の腕を
取りB会議室に引きずり込んだ。



_ドアを閉めると、邪魔が
入らないように鍵をかける。




「ちょっ、何して――?

これじゃ無断使用でしょ!?」




たしかに会議室を使う時は
総務に報告して、表のドア
横のボードに使用者と
時間を書かなきゃいけない。



でも、




「そんなことしてらんないわよ。

それにここは滅多に使われ
ないからいい」




「は? イミわかんないし。

どーゆーつもり、莉央さん?」



_ムリヤリ連れ込まれた
瑞樹クンは、不快さを
隠さない声で詰め寄ってくる。




彼のそんな表情も声も
初めてで、あたしは胸が
チクンと痛んだ。




でも、ここで戸惑ってる
わけにはいかない。



ちゃんと、確認しないと。





「だってこうでもしないと
まともに話そうとしてくれ
ないじゃない。

瑞樹クン、昨日から
あたしを避けてるでしょ」



早口になるのを懸命に
おさえながら、あたしは
彼にそう言った。



_瑞樹クンは一瞬だけ頬を
ピクッと震わせたけど、
すぐにそれをかき消して、




「……避けてる? 
気のせいじゃないの?

現に今もこうして
話してるじゃん」




「違うよ、そういう
ことじゃなくて。

そりゃ仕事の話はしてる
けど、態度は冷たいし、
それ以外は目をあわせよう
ともしないじゃない」




あたしがまっすぐ彼を
見ると……彼はまた、
目をそらした。




「ホラ、やっぱりそうじゃない」



_バツの悪そうな瑞樹クンに
向かって、あたしはさらに
言葉を続ける。




「あたし、何か瑞樹クンに
怒られるようなことしたかな?

言いたいことがあるなら
ハッキリ言ってよ」




「だから、別に何もないってば」




「ウソ。

じゃあどうしてそんな態度なの?

絶対におかしいじゃない」




昨日からの戸惑いや疑問が
爆発して、つい声を
荒らげてしまった。



_だけどその声に、ようやく
瑞樹クンの目の色が変わる。




今までの取り繕った表情
から、ようやく本心が覗いた。

――そんなふうに見えた。




「おかしいのは……
莉央さんでしょ」




吐き出された声は低くて、
くぐもってて。



怒りとも悲しみとも
とれる、色んな感情が
混ざってる。




「……え? 

あたしが、おかしい――?」




そんな切り返しが来るとは
思ってもなくて、あたしは
おうむ返しにしたまま
言葉を失う。



_「そうだよ。

オレなんかより、莉央
さんの方がよっぽどおかしい。

オレの知ってる
莉央さんじゃないよ」




「え? な、何言ってるの?

あたしはいたって普通じゃない」




少なくとも昨日も今日も、
普段とごく変わらずに
仕事してる。



瑞樹クンにこんなふうに
言われる理由が、サッパリ
わからない。




「瑞樹クン…………」




狼狽するあたしに。




瑞樹クンは睨むような瞳で
あたしを見ると――さっき
よりもさらに低く、こう告げた。



_「見たんだよ、オレ。おとつい。

莉央さんと課長が、二人で
ホテルに入ってくトコ――…」




「――――――!!?」




ショック、なんて言葉より
もっと激しい衝撃が、
全身を貫くように走った。




視界が暗くなって、この
まま気を失うのかもしれ
ないとすら感じる。






―――見られてた?


あの日の、あたしを。




課長に寄りすがるあの
姿を、瑞樹クンはどこか
から見てたっていうの……!?



_「ウ、ソ……だよね……?」




そんなわけはないに決まってる。



だけどそう言わずには
いれなかった。




嘘であってほしいって、
これ以上ないくらい強く
願ったから。




だけどそんな願いは叶う
わけもなく……瑞樹クンは
ハッと短いあざけりの
笑みを吐き出すと、




「ウソなわけないじゃん。

見てたよ……信じたく
なかったけど」




「ちっ、違うのっ、
あれは……!」



_「何が違うんだよ!?

そんな言い訳、
聞きたくもないし!


てーか、なんのために
一度終わらせたわけ?

結局あれじゃ、
なんの意味もないじゃん」




「瑞樹クン――違うの、
ホントに!

たしかにホテルには行ったよ。

もちろんそれも充分
サイテーだってことは
わかってる。


でも、瑞樹クンが考えてる
ようなことはしてない。

ヨリを戻したんじゃないの!」



_ここがどこかなんてことも
忘れて、あたしは必死で
まくし立ててた。




瑞樹クンには――彼に
だけは、誤解されたくない。



その思いで、必死だった。





――あたしの話を聞いて、
怒りをあらわにしてた瑞樹
クンも意表をつかれた
ように言葉を失ってる。




お互い無言のまま、
しばらく視線だけを
交わしあった。




重苦しい沈黙のあと、先に
口を開いたのは瑞樹クン。



_彼は声のトーンは幾分
落としつつも、まだ納得は
いってない様子で、




「そんなの……
信じらんないでしょ。

中で起こったことなんて
どうとでもごまかせるじゃん。

オレには知りようもないもんね」




「そんな……。

ホントなんだよ! 信じてよ!」




本当に、これっぽっちも
嘘なんてついてない。





あの個室であんなことを
言われてキスをされて、
たしかに一度は流された。



_秘めてた想いが呼び
覚まされたこともあって、
彼が求めるまま店を出て
ホテルに入ったけど。




でもホテルの部屋で二人に
なると、すぐに後悔した。




彼の奥さんの笑顔が頭から
離れなくて、自分で自分を
ひっぱたきたいくらい反省した。






――そう。


あたしは弱い人間だから、
きっと一生、彼を嫌いに
なることも忘れることも
できない。



_今だってまだ、心の
どこかで彼のことが好きだ。




だけどやっぱりあたしは、
もう彼の腕の中には戻れない。




本能だけでそれをしたら、
きっともう、“あたし”は
“あたし”じゃなくなるから。




(あたしは瑞樹クン
みたいに、まっすぐでも
強くもないけど。

だからこそせめて、自分が
正しいと信じることだけは
貫きたいよ)




瑞樹クンには、きっと
どれだけ頑張ったって
追いつけなんかしないけど。



_だけど――たとえ追いつけ
なかったとしても、ほんの
わずかな距離だったとしても。




少しでいいから、瑞樹クン
みたいになりたい。




あたしも彼みたいに、
自分の過去にも胸を
張れる生き方をしたい。





――そう思った時、

『ああ、あたしは本当に
課長とは終わったんだな』

って、実感した。




もうあたしは、課長とは
別の道を歩き出して
るんだってことを。



_だからその場ですぐに、
もう一度課長のそばには
いられないってことを
キチンと伝えて。




たくさんの『ありがとう』
と『ごめんなさい』を、
たった一言、『サヨナラ』
っていう言葉に乗せて。




ホテルの部屋に課長を
残して、あたしは一人、
飛び出したんだ。









あの夜本当に、あたし達の
2年間は終わった――…。




_(あたしがこういう答えを
出せたのは、ほとんど瑞樹
クンのおかげなのに。

その瑞樹クンに誤解される
なんて、絶対にイヤだよ……!!)





信じてほしい。



でも、どうやったら
信じてもらえるの?




一緒にホテルに入って
おいて、やっぱり何を
言っても信憑性なんて
ないのかな?




他の誰に、どう罵られても
かまわない。



だけど瑞樹クンにだけは、
本当のことを伝えたいのに――!!



_「ちょっ、莉央さん……!」




ものすごく唐突に名前を
呼ばれて、あたしはビクッ
と肩を震わせてしまった。




「え……な、なに……?」




さっきまで怒りに近い怖い
表情をしてた瑞樹クンが、
なぜか今は狼狽をあらわに
した顔をしてる。




一歩あたしへ歩み寄って
――でもやっぱり、戸惑う
ようにまた下がって。




普段の彼からは想像も
つかない困惑しきった
顔で、瑞樹クンは言った。



_「ナニ泣いてんだよ……。


やめてよ、こんなことで」




(え――――??)




その言葉に、そっと自分の
頬を指先で触れてみて、
初めて自分が泣いてた
ことに気づいた。




指先を濡らした涙は
熱くて、今もまだとどまる
ことなく流れてる。




「ゴ、ゴメン……。

やだ、あたしなんで……」




「こっちのセリフだよ。

泣くほどのことじゃないだろ」



_瑞樹クンはぶっきらぼうな
口調でそう言うけど。




「だけどあたし……瑞樹
クンにわかってほしくて。

どうしても信じてもらえ
ないのかなって思ったら、
なんか――」




悔しくて、悲しくて。




知らないうちに、涙が
あふれてた。




「どうしよ……なんか
止まんなくなってきた……」




泣いてる事を意識したら、
今まで以上に大粒の涙が
あふれてくる。



なんか、涙腺がどーにか
なっちゃったみたいだ。



_「………っ。…………っ」




もう声らしい声も出なくて
しゃくりあげるしかないあたし。




もどかしそうな瑞樹クンの
声がしたのはその時だった。




「ホントに……ホントなの?

課長と――戻ったんじゃ
ないって」




いつの間にか、声がさっき
より近い所から聞こえる。




片目の涙をぬぐって少し
顔を上げると、瑞樹クンは
あたしのすぐそばまで
歩み寄って来てた。



_あたしは必死で頷いて、




「課長には、そんなことを
言われて……ついホテル
まで行ったけど、あた、
あたしはすぐに、帰ってきた」




嗚咽のせいでうまく
しゃべれないけど、
懸命に説明する。




「ホントだよ。

キスはされたけど、
セックスはしてない」




そう伝えると、瑞樹クンは
困ったように苦笑して、




「バカ……。

そんなことまで言わなくて
いいって。

もう、わかったから」



_「瑞樹ク――…!」




バカッて言われたことより
かすかでも彼の笑顔が
見れたことで、あたしは
飛び上がりそうなくらい
嬉しかった。





――やっと、彼が笑ってくれた。




苦笑いだったけど、それは
もう――あたしの知る、
いつもの瑞樹クンのものだ。




「瑞樹クン……それじゃ……!?」




「あぁ。……信じるよ。

莉央さんにここまでの
泣き落としのテクがある
とは、とても思えないからね」



_「な……?

ひど、そんな言い方……!」




ホントに悲しくて泣いてたのに。




抗議の目線を向けたら、
彼は涙でうるんだままの
あたしの目元を、そっと
その細い指先でぬぐって、




「――冗談だよ、ゴメン。


まさか泣くだなんて思って
なかったから、オレだって
すっげー動揺したの。

だから許してよ。――ね?」




はにかんだ笑みを浮かべ、
優しさのあふれる穏やかな
声で、そう囁いた。



_「瑞樹クン――……」




……不思議だな。




彼が笑ってくれるだけで、
さっきまであんなに冷たく
凍えてたはずの心が、もう
ホワンとあったかくなってる。




――その笑顔に、とても
安堵してるあたしがいる。





『わかった、許すよ』って
答える代わりに、あたしも
彼にほほ笑みを返した。




それを見た瑞樹クンは
嬉しそうに笑って、




「――ね? オレに誤解
されるのは、そんなに
イヤだったの?」



_あたしの左耳に唇を
寄せて、吐息混じりに
そんなことを囁いてくる。




あたしはドキンと心臓が
飛び出しそうになりながら、




「そ、そうだよ……」




「ふぅん。――泣くくらい?」




「……な、泣くくらいだよ……」





イジワル。





後輩の前で泣くなんて
センパイとしては形無し
なんだから、そんなに
いじめないでよ……。




心の中ではそう思ってた
けど、それを口に出す
ことはできない。



_なぜって――

耳たぶにかかる熱い
吐息で、あたしの頭は
芯からしびれたみたいに
ジンジンし始めてたから。




「困ったセンパイだなー。

莉央さんに泣かれちゃ、
百戦錬磨の元ホストも
たちどころにヤラれ
ちゃうよ……?」





何言ってるのよ……。




そんなこと言う瑞樹クンの
方が、よっぽど困った
後輩じゃない――…。





これ以上彼の声を聞いて
たら、立ってられなくなりそう。



_そう思ったとき、まさに
心を読んだかのような
タイミングで、力強い腕が
あたしの腰を支えてくれる。




そして、今までより
いっそう甘い囁き声で、




「やっぱり莉央さんって、
カワイイね」




「バカ――またそんなこと
言って――…」




「だって、ホントだし。


オレ、もっと知りたい。
莉央さんのコト。


オレに見せてよ?

“センパイ”じゃない、
“オンナ”の顔――…」



_ドクン。




鼓動と共に、あたしの中で
何かが弾けた気がした。




瑞樹クンの腕が吸い寄せる
ようにあたしの体を
とらえ、ほとんどピッタリ
着きそうなくらい、二人は
至近距離で向き合ってる。




――今の言葉はどういう意味?




絡みあった視線がそらせない。




時間が止まって
しまったかのよう。




だけど、もちろんそれは錯覚。



_だってホラ……
時間が動いてる証拠に、
ゆっくりと瑞樹クンの顔が
あたしに近づいて来てる。




徐々に徐々に近くなって。




そしていつかのように、
唇と唇が触れそうな
距離にまで――…。














「すいませーん!

誰かここ、
使ってるんですかぁっ!?」





_「………………!!!!」




突然空気をつんざいた声と
ノックの音に、あたし達は
跳びはねるように離れた。




瑞樹クンが急いでドアの
方に走って、




「あ、す、すいませんっ、
今開けます!」




施錠を解いてドアを
開けると、そこにいたのは
総務の女のコで、




「え……柳瀬さん?////

どーしたんですか?
こんな所で鍵なんかかけて」




「あ、えーと……そう、
コンタクト落としちゃって!

探す間誰も来ないように、ね。

すいません、勝手に」



_かなりムリのある言い訳な
気がするけど、総務のコは
相手が瑞樹クンなんで緊張
し出したみたいで、




「あ、そ、そーなんですか。

で、見つかりました?」




「ええハイッ、たった今!

てなわけですぐ出て
行きますから!

んじゃ、お疲れ様でした〜」




彼女が戸惑ってるすきに
隣をすり抜け、あたし達は
逃げるようにその場を
走り去った――。






     ☆☆☆☆☆



_