《完》オフィスに鍵をかけて 〜キケンな部下と秘密の恋〜

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バレンタインが数日後に
まで迫ったある日。




その日のランチは前日に
誘われてて、沙織さんと
二人で会社近くのパスタの
お店に来てた。




「企画、順調そうで
よかったわね。

瑞樹クンもすっかり一人前だし。

莉央が頑張ったおかげね」




沙織さんが言ってくれた
通り、企画商品のネット
予約は順調に数を伸ばしてる。



_瑞樹クンももはやあたしの
サポートなんて不要な
くらい、なんでもできる
ようになってた。



でも、



「瑞樹クンのは、あたしの
力じゃないですよ」




あれはあたしの指導云々
より、ひとえに彼が優秀だから。




ところが沙織さんは
『そんなことないでしょ〜』
と笑って、




「あんた達、相性いい
みたいだし。

莉央が教育係だったから、
瑞樹クンもあそこまで
成長速かったんじゃない?」



_「はっ?」




予想もしてなかった
セリフに、あたしは口に
運びかけてたフォークを
ピタッと止めてしまう。




「あ、相性いいって、
どこがですか〜??(汗)」




みんなの前じゃ、しょーも
ないこと言う瑞樹クンに
あたしがプリプリしてる
だけだけど?




「いいでしょ?

なんだかだで仲よく
やってるじゃない」




「別に仲よくなんか
ないですよ!」



_あたしはムキになって
否定して、パスタを
バクッと口に入れた。




沙織さんはおかしそうに
クスクス笑いながら、




「まぁ、莉央の方が彼に
助けてもらった事も多いでしょ。

バレンタインには
お礼してあげなね♪」




そう言われて、ついまた
あの会議室でのことを思い出す。



(って、沙織さんはあの
こと知らないんだし、仕事
での話に決まってんでしょ!)



_甦りかけた記憶を追い
払って、あたしはブスッと
して答えた。




「まぁバレンタインは恒例
だし、一応あげますけどね。

そんな深い意味は込めて
ないですよ」




そう――毎年、部長や
課長他、絡むことの多い
男性社員には義理チョコ
配るのが風習になってるから。




課長とつき合ってる時も、
会社用の義理チョコは別に
用意して渡してた。



_今年に限って課長にだけ
渡さないのも不自然だし、
もちろん瑞樹クンにだけ
あげないのも不自然だし。




だから迷った結果、全員
全く同じチョコを、何日か
前に買ってある。




……課長に“ただの義理”
だってアピールする、
精一杯の手段だ。






「ふふっ。

まあそれでも、彼は喜ぶ
でしょうけどね。

なんか、甘いもの大好き
らしいわよ」



_沙織さんのセリフに
あたしは眉をヘの字にしながら、




「知ってます。あたしも
聞きましたから」




やっぱあのコ、色んな人に
アピールしてんじゃない。


まったく、あきれちゃう。




「そんなにアピって
どーするんだか。

集まり過ぎて、ホワイト
デーに破産するんじゃないの」




そう言うと、沙織さんも
プッと噴き出して、




「それは言えてる。

ホント、どーするつもり
かしらね」



_「お返し1個で、全員
ひとまとめとかに
するんじゃないですか〜」




「それだと株下がるわねー。

課長は毎年、一人一人に
プレゼント返してくれるもんね」




「……そーですね」




たしかに課長、そういう
ところはすごくマメで
気が利いてるんだよね。




去年は全員に、それぞれ
色の違う新作ルージュとか
くれたっけ……。





「課長は最後のバレン
タインだから、きっと
お返しもフンパツして
くれるだろうしねー」



_(――――え?)




沙織さんの何気ない
言葉に、あたしはピクッと
肩を震わせる。




……今、沙織さん、なんて
言った?




『最後のバレンタイン』、
って――…?




「……さ、最後って
どーゆーことですか?」




張りつめた声で尋ねると。



――沙織さんは、
『しまった』って感じで
顔をしかめた。




「え……な、なんなんですか?

教えてくださいよっ」



_あたしは思わず椅子を
立ち上がって沙織さんに
せまってしまう。




取り乱したら不自然だって
わかってても、抑えられ
なかった。




だけど沙織さんも自分
自身の失言で動揺してて、
あたしの態度はそんなに
気にならなかったみたい。




彼女は困り切った顔で
『あちゃ〜』と声をもらすと、




「まだ一般社員には秘密
だったの、すっかり忘れてたわ。

ゴメン莉央、聞かなかった
ことにしてくんない?」



_「え……イ、イヤですっ。

誰にも言いませんから、
教えてください!」




力を込めて頼むと、やっと
沙織さんは諦めてくれた。




「わかったわよ。

ホントにここだけの話に
してよね?」



と前置きしてから、




「課長、3月いっぱいで
辞めるんだよ。

発表は3月に入ってからの
予定なの」




「ウ……ウ、ソ……?」




後頭部に岩でも落ちてきた
ような感覚がして、目が
チカチカした。



_―――辞める?



課長が、この会社を?




「どっ、どーしてですかっ!?」




「そこまでは聞いてないけど。

あ、でもリストラではないわよ。
課長の希望だって」




(そんな……それじゃあ、
自分の意志で辞めるって
ことなの――!?)





そんな話、あたしとつき
合ってる時には一度だって
出たことなかった。




それなのにこんな急に、
どうして?



_(まさか――あたしのせい!?



あたしとのことが原因で、
自分が会社を去ろうと
してるの!?)





目の前が真っ暗に
なりそうだった。




あまりの衝撃に、表情を
取り繕うこともできない。




沙織さんに『どうしたの、
大丈夫?』って心配された
けど、まともに話をする
ことすら、あたしには
できなかった……。





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_     ☆☆☆☆☆



「課長――…」




必要以上に遅くまで残業
して、一人オフィスに残り。




重役会議から一人で戻って
きた課長をつかまえて、
声をかけた。




課長は驚きを隠せない顔で
一瞬言葉を失って、




「――松嶋か。

どうした、こんな時間まで
残ってたのか?」




“課長”の口調で、こんな
時間に社員が残ってたのを
驚いたフリしてるけど。




驚きのホントの理由は、
きっとあたしが自分から
声をかけたからだ。



_そう――別れて以来、
できる限り避けて、仕事
でも仕事外でも話をしない
ようにしてた。




でも、今回だけはきちんと
話をしないといけないって
思ったから、あたしは
決心したんだ。





(確かめなきゃいけない。


課長が会社を辞める理由を……)




そしてもし、それがあたし
から距離をおくためなら。



……その時は、あたしの
方が辞めよう。



そう、決めてた。



_「話が……あります。

少しだけ、時間
もらえませんか?」




その一言で、きっと課長は
察したんだと思う。



なんの質問をすることもなく、




「わかった。

もう少ししたら出れる
から、あの店で待っててくれ」




そう言うと、すぐに何事も
なかったようにオフィスに
入って行った。




もう帰る準備を整えてた
あたしも、振り返ることも
なく廊下を歩き出す。



_周りに悟られないように
こんなふうに接するのは、
つき合ってる時はごく
当たり前のことだった。




課長が『あの店』って
行ったのは、駅前の
繁華街にある洋風居酒屋。




居酒屋って言ってもオトナ
指向のオシャレな所で、
全室完全個室だから、
こんなあたし達でも
安心して使える。


だからいつも利用してた
店だった。





――その店で30分ほど
待ってると、課長が現れる。



_コートを脱いだ課長は
二人分のグラスワインを
オーダーし、店員が去ると、




「悪い。待たせたな」




「……いえ、大丈夫です……」




先に入ってあたしが待つの
なんて、いつものこと。



今さら謝ったりなんか
しなくていいのに。





――しばらくすると
ワインが運ばれてきて、
あたし達は再び二人きりになる。




それでもすぐには言葉を
出せないでいたら、課長が
ためらいがちにあたしの
名前を呼んだ。



_「莉央……話っていうのは
なんだ?」




「……………!」




あたし達をただの男と女に
する、禁断の言葉。




『莉央』っていう、
あたしの名前。




課長はわざとその言葉を
使ったのかもしれない。




卑怯な気もするし、
ためらってた心には
ありがたい気もする。




複雑な気持ちを抱き
ながら、あたしは意を
決して話し出した。



_「今日、沙織さんから
聞きました。

課長が、来月いっぱいで
会社を辞めるって」




「……やっぱりそのことか。

ったく、口止めしといたのにな」




「あたしがムリヤリ
聞いたんです。

だから沙織さんは
悪くありません」




そう沙織さんをかばうと
課長はフッと薄く笑って、




「別に本気で沙織君を
責めるつもりなんてないさ。

……それで?」



_彼の瞳がまっすぐに
あたしを見てる。




あたしは小さく深呼吸を
してから、




「どうして辞めるんですか?

理由を、教えてください」




そうして、あたしも
まっすぐに課長を見返した。




こんなふうに彼を正面から
見るのはどれくらいぶりだろう。




課長はすぐには返事をして
くれず、沈黙が流れる。



でもしばらくすると
ようやく、ハッキリと
した口調でこう言った。



_「自分のせいじゃないか
って思ってるなら、それは
違うと言っておくよ」




「ホント……ですか?」




嘘がうまい男の人だ。


あたしは騙されないように
注意深く彼を見つめる。




課長はそんなあたしに、
どこか挑戦するような
顔で言ってきた。




「本当だよ。

だけどもし、オレがそうだ
って言ったら、莉央は
どうするつもりなんだ?」




「……あたしが辞める
つもりです。

課長は会社に必要な人だから」



_みんなが頼りにする、
うちの部のリーダー。



そんな彼がいなくなる
なら、あたしが会社を
去った方がいい。




あたしの答えに、課長は
呆れたようなため息をつき
ながら、『やっぱりな』
ってつぶやいた。




「莉央ならそう言い出すと
思ってたよ。

だからよけい、秘密に
してたんだ」




「それじゃ、どうして?

何か他に理由があるんですか?」




あたしと別れてからの
数ヶ月で、長年勤めてきた
会社を辞める、どんな理由が?



_あたしは、テーブルの下で
ギュッと手を握りしめて
課長の返事を待ってた。




そんなあたしに彼が伝えた
のは――思ってもなかった言葉。




「モードを辞めて、自分で
会社を立ち上げる。

その準備に入るためだ」




「えっ―――…!?」




会社を、立ち上げる?




――起業するってゆーこと?




「ほ、本当にっ!?」




上擦った声で叫ぶ
あたしに、課長は頷いて、



_「本当だ。

何年か前から考えてた
ことなんだ。――言った
ことなかったけどな」




本当に。



そんなこと一言たりとも、
聞いたことなかった。




たしかに課長は、すごく
仕事のできる人だ。


起業してもうまくいくかも
しれない。




それにいい歳をした男の人
なら、そういう野心を
持つのも決して珍しいこと
じゃないのかもしれない
けど……。



_「会社を立ち上げるって
……そんな簡単にいくん
ですか……?」




あたしに彼を心配する資格
なんてないのはわかってる
けど、言わずにはいれなかった。




課長はハハッと笑って、




「もちろん簡単にはいかないさ。

だけど、自分がやって
みたいことだからな」




「……………」




なんて言っていいのか
わからない。




あたしとのことが原因じゃ
ないのなら、安心するべき
ところなのかもしれないけど。



_とても、『そうなんだ、
よかった』なんてホッと
する気分じゃなく――

あたしの胸はざわついてた。




「――心配して
くれるのか、莉央?」




その声に、あたしはハッと
して俯いてた顔をあげる。




うっすら微笑んであたしを
見てる課長と、再び目があった。




「心配なんて――…」




そんなこと聞かないでよ。



してるだなんて、答えられ
ないに決まってるのに。



_口ごもるあたしに、課長は
もっと意地悪な言葉を
投げかけてきた。




「ホントはな……漠然と
だけど、オレが起業する時
には、お前も一緒なんじゃ
ないかと思ってた」




「えっ!?」




それは、どういう意味?




あたしも、その仕事に誘う
つもりだったってこと?




「お前は本当に、公私共に
オレを支えてくれてた。

いつかオレが事業を始める
としても、当然のように、
莉央が隣でサポートして
くれてるんじゃないかって
考えてたよ」



_「な、何言って――…」




やっぱりひどい人だ、この人は。




今さらあたしにそんなこと
言って、なんになるって
いうのよ。




……なんにもならない。




あたし達の関係は
終わってるのに。




あなたを隣でサポートする
人は、別にいるじゃない。




それなのにまだ、どうして
そんなことを言うの――!?





「―――オレはな、莉央」




課長の声にかすかに緊張の
色が混じったのに、
あたしは敏感に気づいた。


――気づいてしまった。



_「オレは自分がどれだけ
最低で非道な人間かって
のを、よくわかってるよ。

死んだら絶対地獄行き
だって、覚悟してる」




(何――言ってるの?

やめてよ。

そんな話、聞きたくない!)




「数ヶ月後には子供が
生まれて、家庭での
幸せも守ろうとしてる。

いい父親を演じようとしてる。

でもその裏で、実は……」




「やめて!!

あた――あたしっ、もう
帰りますっ!」



_これ以上、聞いちゃいけない。

ここにいちゃいけない。




そう察して、コートと
バッグをつかんで立ち上がった。


すぐに部屋を飛び出そうとした。





だけど―――

その体は、課長の力強い
腕に引き止められ。





あたしは動きを、
止めてしまった。





「やだっ、離して――…!!」




掴まれた手を振り払おうと
するより速く、彼の両腕が
あたしを抱きすくめてる。



_「課長、やめてくださいっ!」




こんなことが、許される
わけない。




あたしは見たのよ。お腹に
手を当てて、幸せそうに
ほほ笑むあなたの奥さんを。




生まれてくる子供の
パパは、世界でたった
一人、あなたしか
いないんだよ!?





気づくとあたしの瞳からは
涙があふれてた。




それに気づいた課長は、
いましめは解かないまま
片手であたしの顔を上に向かせ、




「ホントにお前は――
マジメで一途で、かわいい
ヤツだな」



_「やめて……課長……!」




お願い。




もうこれ以上、あたしを
最低な人間にしないで。




「もう、潤とは呼んで
くれないのか?

どうしてもオレのそばに
いるのはムリなのか?」




「――ムリに決まってるでしょ!?

卑怯だよこんなの!!

お願い、離して。もう帰らせて」




涙でぼやける視界で懇願した。




悲しくて苦しくて、胸が
破れちゃいそうだった。





……課長の指が、あたしの
アゴをとらえる。



_十字架よりも重い、

解きたくても解けない、
最後の枷(かせ)だった。




「オレは知ってるよ。

莉央が、嘘が下手なこと。


不器用で純真で、寂しがりやで。

オレはやっぱり、そんな
お前が愛しいって思っちまう」




「ダメ………ダメ………!!

お願いよ、離して――!!」




「イヤだ―――…」






彼の唇が、あたしの唇を
ふさいだ時。




本能で覚えてる懐かしくて
甘い痺れが、あたしの体を
電流みたいに駆け抜けた。



_サイテーだ。




言葉とは裏腹に、体が
正直に反応してる。




それでも最初は必死で抵抗
したけど――キスが深く
なるにつれ、徐々に体にも
力が入らなくなってきて――…。





(……堕ちちゃうのかな、
あたし……)




もう決して戻ってこれない、
深い深い奈落の底まで。






鮮明さを失ってく意識の
中で、あたしはぼんやりと
そんなことを考えてた――…。





     ☆☆☆☆☆



_     ☆☆☆☆☆



瑞樹は、ホスト時代の
同僚がたまたま近くで
働いていることを知り、
懐かしい顔ぶれと繁華街で
飲み明かしていた。




さすがに元or現役ホストな
だけあって全員酒は強く、
もう2軒目だが全く
元気は衰えない。




結局もう1軒行こうという
ことになって、店を物色
しながら賑やかに通りを
歩いている時だった。





「―――――!?」




見慣れた人影が視界の隅を
よぎった気がして、瑞樹は
ピタッと足を止める。



_目を凝らして再び眺めると
――それはやはり、自分が
思ったとおりの人物だった。




(莉央さんと………課長!?)




瞬時に表現が険しくなる
のが、自分でわかった。




二人は明らかに二人きりで
課長の片腕は莉央の腰に
まわされている。


莉央も、課長に寄り添う
ようにしていた。




(何やってんだよ?

二人はもう終わった
はずじゃ……)




本心はどうあれ間違いなく
関係は終わってると、そう
莉央は言ってたのに。



_目がそらせなくなり、
二人の姿を目で追う。




瑞樹が見つめるなか
莉央達は通りを少し歩き、
雑居ビルの間にひっそりと
建つ、小さなシティ
ホテルに入って行った。




(って――何してんだよ、
莉央さん……)




苦い気持ちが体中に広がる
のを、瑞樹は感じていた。




「なんでだよ………?」




ポツリと落とした呟きを
耳にした仲間が、首を
かしげて尋ねてくる。




「あ? 何が?

てーかマジどこする?

オレ、焼酎飲みてーかなぁ〜♪」



_そのほろ酔いで上機嫌な
声が、今はもう腹立たしい
くらいにシラケて聞こえた。




「……悪い。

オレ、やっぱもう今日は帰るわ」




瑞樹は無表情にそれだけを
告げると、驚く仲間に
かまいもせずに、足早に
その場を立ち去った――…。





     ☆☆☆☆☆



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