☆☆☆☆☆
2月に入って、企画商品の
告知とネット予約が開始した。
ここまで来るとあたし達の
仕事はだいぶ落ち着いて、
後は状況確認とデータ
集計的なものだけになる。
そして、入社後1ヶ月
経った瑞樹クンの研修も終了。
あたしも晴れて、教育係の
お役御免ってわけ。
「……とはいえ、状況は
あんま変わんないけどね……」
ホワイトデー企画のチーム
メイトとして、3月中は
一緒に仕事するわけだし、
席も隣同士のまんまだし。
_(やっぱあたしは、瑞樹
クンと絡まないわけには
いかないのよね……)
「ん?
なんか言った、莉央さん?」
ポソッと呟いた独り言を
耳ざとく聞きつけて、
瑞樹クンが尋ねてくる。
「何も言ってないわよ」
てゆーかあたしの独り言に
いちいち反応しないでいいって。
この間のB会議室での一件
以来、あたしの瑞樹クン
への態度はそっけないも
いいとこだ。
_別にいまだに怒ってたり
なんかしない。
むしろ瑞樹クンに振り
回されたせいで、課長の
ことであんなにふさぎ
込んでた気持ちが、少し
だけ軽くなって。
今となってはあれも全部、
彼の計算だったのかな――
なんて思ってるくらい。
だけど――やっぱダメだ。
あれ以来瑞樹クンを見ると
……ついつい、唇が触れ
そうなくらい近づいた
あの瞬間を思い出す。
バカみたいに意識
しちゃって、それを隠す
ためにそっけない態度に
なって……。
_「お、莉央さんの卵焼き
うまそーっ。
1個ちょーだい!」
隣の席からにゅっと
割り箸が伸びてきて、
お弁当の卵焼きを奪われた。
――こっ、こいつはっ。
(……ったく。当の本人は
全く気にしないで、この
調子だってのに――!)
ああもう、一人でドキドキ
してる自分がバカみたい!!
「何すんのよっ!
それ、大好きだから最後に
とっといたのにっ」
_眉を吊り上げて訴えると、
瑞樹クンは意表をつかれた
様子で、
「え、あ、そーだったの?
ゴメン……食べちゃった」
「もうっ、バカッ!
食べ足りないんならもっと
一杯買って来なさいよっ!!」
瑞樹クンはお昼はいつも、
外食とか買ってきたもの。
今日も、コンビニの
お弁当を食べてた。
その空のケースを指差して
怒鳴るあたしに、瑞樹
クンはちょっとへこんだ
顔をして、
_「別に足りなかった
わけじゃないけどさー。
単純に、莉央さんの
卵焼きが食べたかったんだよ。
オレ、手作りの味とか
飢えてんだもん」
「へ……?」
手作りの味に、飢えてる?
ものすごく唐突に、
あたしはあることに気づいた。
(そう言えば聞いたこと
なかったけど……。
瑞樹クンって、彼女とか
いないのかな……?)
てゆーかこんなにカッコ
イイのに、フリーとか
ありえないと思うんだけど。
_手料理作ってくれる女のコ
なんて、どんだけでも
いるんじゃないの……?
……聞いてみたかったけど。
やっぱりその質問は飲み
込んで、あたしは代わりに
全然違うことを言った。
「知らないわよ。
卵焼きくらい、自分で作れば」
それを聞いた瑞樹クンは、
大ゲサにショック受けた
顔をして、沙織さんに
『莉央さんが冷たーい!』
なんて泣きついてる。
_あたしは無視してサッサと
お弁当を片付けて、それが
終わるとピシャリと
瑞樹クンに言い放った。
「くだらないこと言って
ないで、さっさと出かける
用意しなよ!
1時になったら先に
行っちゃうからね!?」
今日も、午後からは提携
企業なんかへの挨拶まわり。
のんびりしてる暇なんて
ないんだから。
_その後一緒に会社を出て
3社ほど提携企業を訪ね、
外まわりは終了。
最後は地下鉄に乗るべく
駅までの道を歩いてる時、
いきなり瑞樹クンが、
「はーっ、どこもかしこも
バレンタイン一色だなぁ〜」
通りに建ち並ぶビルの
ウィンドウを眺めながら、
そう、感心とも呆れとも
つかない声を漏らす。
「そりゃそうでしょ。
もう、バレンタインは
来週だもの」
_今や『逆チョコ』なんて
言って男のコからも
プレゼントしたりと、
何でもアリになってるしね。
「どこもイベントに便乗
して売上伸ばそうって必死
なんだから、ハデにもなるわよ」
サラッと言うと瑞樹クンも、
『ハハッ、うちもそーだもんね』
と笑った。
そして続けて、ホントに
何気ない口調で、
「バレンタインチョコかぁ〜。
今年はもらえるかなー」
_(…………は?)
ツッコミどころがあまりに
多過ぎて、あたしは思わず
足を止めちゃう。
――一体どーゆーつもりで
言ってんの、このコ?
瑞樹クンほどのイケメンに
チョコが集まんないわけ
ないじゃない。
実際、部の後輩だって
あげる気満々でかなり
張り切ってるし。
それでも、あえて催促の
つもりで言ってんのかな?
(それとも……もしかしたら)
_本命チョコのことを
言ってんのかな、って
つい思ってしまった。
(ダメだ――また気に
なり出してきた。
せっかく外まわりで
忘れてたのにぃ〜っ)
なんかもう、これ以上
あたしがモヤモヤしてん
のもバカみたい。
(えーいっ、聞いちゃえ!
この会話の流れなら、別に
不自然でもないもんね)
あたしはさりげなさを装って、
「義理チョコなら会社で
山のようにもらえると思うけど。
てゆーか、チョコくれる
彼女とかいないの?」
_すると、瑞樹クンは同じく
まるで世間話でもする
ような軽い口調で、
「彼女? いないよ。
オレ甘いのも好きだから、
彼女いたらチョコケーキ
とか焼いて欲しいんだけどな〜」
「……へぇー。
意外ね、モテそうなのに。
てゆーか元・人気ホスト
なのになんで?」
「なんでと言われても。
ホストって、お客との
マジ恋愛は禁止なの!
それにオレだって
やみくもに彼女欲しい
わけじゃないしさ」
_――それもそっか。
ちょっと失礼な言い方
しちゃったな。
「ゴメン。変なこと言って」
すぐに謝ると、瑞樹クンは
首を横に振って、
「別にいいけどね。
ホストだなんて聞いたら、
無差別に女のコと遊び
歩いてるって思ったって
仕方ないし」
苦笑ギミに、そんなことを言う。
たしかに偏見かもしれない
けど、そーゆーイメージは
あるかな。
_あたしはホスト遊びなんて
したこともないから、
ホントのところは何も
知らないけど。
でも――そうだよね。
別にみんながみんなそうだ
なんてことないはず。
現に瑞樹クンはそんな
タイプには見えないもの。
「……なんで、ホストの
仕事してたの?」
立ち入り過ぎかなって
思ったけど、思い切って
聞いてみた。
これも、彼が元ホスト
だって知ってから、ずっと
聞きたかったことだ。
_瑞樹クンはちょっと驚いた
顔をしたけど、不快に
思った感じはない。
ただ、どうしてかほんの
少し寂しそうな笑みを浮かべて、
「んー。そりゃモチロン、
給料がいいからだよ」
って、答えてくれた。
「――お金が欲しかったの?」
「そっ。借金返すためにね」
「借金!?」
あたしは思わず大きな声を
あげちゃう。
_往来だって思い出して
あわてて口を押さえる
しぐさを、瑞樹クンは
クスッと笑って、
「正確に言うとオレのじゃ
なくて、その時の彼女の
なんだけどね」
(彼女の借金を、瑞樹
クンが返してあげようと
してた……?)
込み入った話の内容に、
あたしはソッコー好奇心で
質問したことを後悔した。
「ゴ、ゴメン!
あの、いいよ、別に詳しく
教えてくれなくて」
_だけど瑞樹クンは、
『ウウン』と首を振って、
「いいんだ。
オレ、自分のしてきた
ことは、どんな失敗でも
隠したくなんかないからさ」
そう言って、前を見たまま
ゆっくりと話し始めた。
「18の頃からつき合ってる
彼女がいてさ。
普通の子なんだけど、顔に
少しだけソバカスがあったんだ」
――ソバカス?
借金の話から、また意外な
言葉が飛び出してきて
ビックリする。
_「オレはそんなの全然気に
してなかったんだけど、
軽い冗談のつもりで、時々
からかったりしてた。
彼女は怒った顔してすねる
だけだったし、気にも
止めてなかったんだ」
そこで瑞樹クンは一度
言葉を切って、あたしの
方を見た。
そして再び、
「だけど実は――そいつ、
オレが思ってる以上に
そのこと気にしてたんだ。
ハタチになって少しした頃
怪しいセールスにつかまってさ。
美顔器だ化粧品だって、
バカ高い商品山のように
売りつけられて、ローン
組みまくって……」
_その当時の感情を思い
出したのか、瑞樹クンの
顔が悲しそうにゆがむ。
あたしもキュッと胸が
しめつけられた。
「オレに打ち明けてくれた
のは、返済しきれない
くらい借金が増えた後だった。
……ショックだったよ。
彼女がそんなに悩んでる
ことにも気づかないで、
平気でからかってた自分が
サイテーだって思った」
「――だから、代わりに
自分がその借金を返そう
って思ったの?」
_「そーだよ。
そもそもオレが原因なんだ
から、当然でしょ?
でも当時のオレはただの
フリーターでさ。
てっとり早く金稼ぐって
いったら、ホストくらい
しか思い浮かばなくて」
それから瑞樹クンは、
彼女にも説明して、すぐに
ホストの仕事を見つけた。
数ヶ月後には人気が出て
きたおかげで、1年も
かからず全額返済できたらしい。
_「だけど皮肉なもんでさ。
仕事が忙しいせいで、
彼女と会う時間はしだいに
減ってって。
それにやっぱ、オレが
ホストなんかしてんの
不安だったんだろーな。
マジメな子だったから。
いつの間にか気持ちが
すれ違ってて、借金返し
終わった数ヶ月後には
彼女とも破局したよ」
「えっ!? そ、そんな……」
それじゃあ何?
瑞樹クンは高額な借金を
肩代わりして、それで
終わりってこと!?
_あたしはア然としちゃった
けど、瑞樹クンはその事は
気にしてないんだって言った。
「人の気持ちなんて、なる
ようにしかならないんだから。
別にオレ、そのことで
彼女に恨みなんて持ってないよ」
「瑞樹クン………」
……ホントに、あんたってコは。
バカがつくくらいに、
お人よしなんだから。
なんだかあたしはおかしく
なってきた。
_辛い思い出のはずなのに、
最後には胸を張って笑顔で
そんなふうに言える瑞樹クン。
――ホントに、キミはすごいよ。
3つも歳下なのに、あたし
なんかより全然すごい。
「だいじょーぶ。
きっとそのうちできるよ、
新しい彼女」
気づくとあたしは、瑞樹
クンを励まそうとするかの
ように、明るい声でそう
言ってた。
唐突なセリフに、瑞樹
クンは『え?』と目を丸くして、
「何それ?
なんか根拠あんの?」
_「根拠?
根拠なんてほどのもんじゃ
ないけど」
キミみたいなコに、そう
長く神様はイジワル
しないと思う。
ただそれだけだけどね。
「なんだよそれー。
『アタシが彼女になって
あげるワヨ!』って
パターンかと思ったのに〜」
「……はっ!?
な、なに言ってんの、んな
ワケないでしょっ。
てゆーか気持ち悪い喋り方
しないでよねっ!!」
_大ゲサなシナを作って
かなりキモい彼の背中を、
あたしは平手で思い切り
バンッと叩いた。
「ったーーーーっ!
り、莉央さん、それ
力強すぎでしょ!?」
顔をしかめて文句を
言ってくる瑞樹クン。
そんな彼に胸のドキドキを
悟られないように、
「そんなことより急ご!
また残業になっちゃうわよ!」
あたしは小走りで、
木枯らしの吹く通りを
走り出した――…。
☆☆☆☆☆
_
2月に入って、企画商品の
告知とネット予約が開始した。
ここまで来るとあたし達の
仕事はだいぶ落ち着いて、
後は状況確認とデータ
集計的なものだけになる。
そして、入社後1ヶ月
経った瑞樹クンの研修も終了。
あたしも晴れて、教育係の
お役御免ってわけ。
「……とはいえ、状況は
あんま変わんないけどね……」
ホワイトデー企画のチーム
メイトとして、3月中は
一緒に仕事するわけだし、
席も隣同士のまんまだし。
_(やっぱあたしは、瑞樹
クンと絡まないわけには
いかないのよね……)
「ん?
なんか言った、莉央さん?」
ポソッと呟いた独り言を
耳ざとく聞きつけて、
瑞樹クンが尋ねてくる。
「何も言ってないわよ」
てゆーかあたしの独り言に
いちいち反応しないでいいって。
この間のB会議室での一件
以来、あたしの瑞樹クン
への態度はそっけないも
いいとこだ。
_別にいまだに怒ってたり
なんかしない。
むしろ瑞樹クンに振り
回されたせいで、課長の
ことであんなにふさぎ
込んでた気持ちが、少し
だけ軽くなって。
今となってはあれも全部、
彼の計算だったのかな――
なんて思ってるくらい。
だけど――やっぱダメだ。
あれ以来瑞樹クンを見ると
……ついつい、唇が触れ
そうなくらい近づいた
あの瞬間を思い出す。
バカみたいに意識
しちゃって、それを隠す
ためにそっけない態度に
なって……。
_「お、莉央さんの卵焼き
うまそーっ。
1個ちょーだい!」
隣の席からにゅっと
割り箸が伸びてきて、
お弁当の卵焼きを奪われた。
――こっ、こいつはっ。
(……ったく。当の本人は
全く気にしないで、この
調子だってのに――!)
ああもう、一人でドキドキ
してる自分がバカみたい!!
「何すんのよっ!
それ、大好きだから最後に
とっといたのにっ」
_眉を吊り上げて訴えると、
瑞樹クンは意表をつかれた
様子で、
「え、あ、そーだったの?
ゴメン……食べちゃった」
「もうっ、バカッ!
食べ足りないんならもっと
一杯買って来なさいよっ!!」
瑞樹クンはお昼はいつも、
外食とか買ってきたもの。
今日も、コンビニの
お弁当を食べてた。
その空のケースを指差して
怒鳴るあたしに、瑞樹
クンはちょっとへこんだ
顔をして、
_「別に足りなかった
わけじゃないけどさー。
単純に、莉央さんの
卵焼きが食べたかったんだよ。
オレ、手作りの味とか
飢えてんだもん」
「へ……?」
手作りの味に、飢えてる?
ものすごく唐突に、
あたしはあることに気づいた。
(そう言えば聞いたこと
なかったけど……。
瑞樹クンって、彼女とか
いないのかな……?)
てゆーかこんなにカッコ
イイのに、フリーとか
ありえないと思うんだけど。
_手料理作ってくれる女のコ
なんて、どんだけでも
いるんじゃないの……?
……聞いてみたかったけど。
やっぱりその質問は飲み
込んで、あたしは代わりに
全然違うことを言った。
「知らないわよ。
卵焼きくらい、自分で作れば」
それを聞いた瑞樹クンは、
大ゲサにショック受けた
顔をして、沙織さんに
『莉央さんが冷たーい!』
なんて泣きついてる。
_あたしは無視してサッサと
お弁当を片付けて、それが
終わるとピシャリと
瑞樹クンに言い放った。
「くだらないこと言って
ないで、さっさと出かける
用意しなよ!
1時になったら先に
行っちゃうからね!?」
今日も、午後からは提携
企業なんかへの挨拶まわり。
のんびりしてる暇なんて
ないんだから。
_その後一緒に会社を出て
3社ほど提携企業を訪ね、
外まわりは終了。
最後は地下鉄に乗るべく
駅までの道を歩いてる時、
いきなり瑞樹クンが、
「はーっ、どこもかしこも
バレンタイン一色だなぁ〜」
通りに建ち並ぶビルの
ウィンドウを眺めながら、
そう、感心とも呆れとも
つかない声を漏らす。
「そりゃそうでしょ。
もう、バレンタインは
来週だもの」
_今や『逆チョコ』なんて
言って男のコからも
プレゼントしたりと、
何でもアリになってるしね。
「どこもイベントに便乗
して売上伸ばそうって必死
なんだから、ハデにもなるわよ」
サラッと言うと瑞樹クンも、
『ハハッ、うちもそーだもんね』
と笑った。
そして続けて、ホントに
何気ない口調で、
「バレンタインチョコかぁ〜。
今年はもらえるかなー」
_(…………は?)
ツッコミどころがあまりに
多過ぎて、あたしは思わず
足を止めちゃう。
――一体どーゆーつもりで
言ってんの、このコ?
瑞樹クンほどのイケメンに
チョコが集まんないわけ
ないじゃない。
実際、部の後輩だって
あげる気満々でかなり
張り切ってるし。
それでも、あえて催促の
つもりで言ってんのかな?
(それとも……もしかしたら)
_本命チョコのことを
言ってんのかな、って
つい思ってしまった。
(ダメだ――また気に
なり出してきた。
せっかく外まわりで
忘れてたのにぃ〜っ)
なんかもう、これ以上
あたしがモヤモヤしてん
のもバカみたい。
(えーいっ、聞いちゃえ!
この会話の流れなら、別に
不自然でもないもんね)
あたしはさりげなさを装って、
「義理チョコなら会社で
山のようにもらえると思うけど。
てゆーか、チョコくれる
彼女とかいないの?」
_すると、瑞樹クンは同じく
まるで世間話でもする
ような軽い口調で、
「彼女? いないよ。
オレ甘いのも好きだから、
彼女いたらチョコケーキ
とか焼いて欲しいんだけどな〜」
「……へぇー。
意外ね、モテそうなのに。
てゆーか元・人気ホスト
なのになんで?」
「なんでと言われても。
ホストって、お客との
マジ恋愛は禁止なの!
それにオレだって
やみくもに彼女欲しい
わけじゃないしさ」
_――それもそっか。
ちょっと失礼な言い方
しちゃったな。
「ゴメン。変なこと言って」
すぐに謝ると、瑞樹クンは
首を横に振って、
「別にいいけどね。
ホストだなんて聞いたら、
無差別に女のコと遊び
歩いてるって思ったって
仕方ないし」
苦笑ギミに、そんなことを言う。
たしかに偏見かもしれない
けど、そーゆーイメージは
あるかな。
_あたしはホスト遊びなんて
したこともないから、
ホントのところは何も
知らないけど。
でも――そうだよね。
別にみんながみんなそうだ
なんてことないはず。
現に瑞樹クンはそんな
タイプには見えないもの。
「……なんで、ホストの
仕事してたの?」
立ち入り過ぎかなって
思ったけど、思い切って
聞いてみた。
これも、彼が元ホスト
だって知ってから、ずっと
聞きたかったことだ。
_瑞樹クンはちょっと驚いた
顔をしたけど、不快に
思った感じはない。
ただ、どうしてかほんの
少し寂しそうな笑みを浮かべて、
「んー。そりゃモチロン、
給料がいいからだよ」
って、答えてくれた。
「――お金が欲しかったの?」
「そっ。借金返すためにね」
「借金!?」
あたしは思わず大きな声を
あげちゃう。
_往来だって思い出して
あわてて口を押さえる
しぐさを、瑞樹クンは
クスッと笑って、
「正確に言うとオレのじゃ
なくて、その時の彼女の
なんだけどね」
(彼女の借金を、瑞樹
クンが返してあげようと
してた……?)
込み入った話の内容に、
あたしはソッコー好奇心で
質問したことを後悔した。
「ゴ、ゴメン!
あの、いいよ、別に詳しく
教えてくれなくて」
_だけど瑞樹クンは、
『ウウン』と首を振って、
「いいんだ。
オレ、自分のしてきた
ことは、どんな失敗でも
隠したくなんかないからさ」
そう言って、前を見たまま
ゆっくりと話し始めた。
「18の頃からつき合ってる
彼女がいてさ。
普通の子なんだけど、顔に
少しだけソバカスがあったんだ」
――ソバカス?
借金の話から、また意外な
言葉が飛び出してきて
ビックリする。
_「オレはそんなの全然気に
してなかったんだけど、
軽い冗談のつもりで、時々
からかったりしてた。
彼女は怒った顔してすねる
だけだったし、気にも
止めてなかったんだ」
そこで瑞樹クンは一度
言葉を切って、あたしの
方を見た。
そして再び、
「だけど実は――そいつ、
オレが思ってる以上に
そのこと気にしてたんだ。
ハタチになって少しした頃
怪しいセールスにつかまってさ。
美顔器だ化粧品だって、
バカ高い商品山のように
売りつけられて、ローン
組みまくって……」
_その当時の感情を思い
出したのか、瑞樹クンの
顔が悲しそうにゆがむ。
あたしもキュッと胸が
しめつけられた。
「オレに打ち明けてくれた
のは、返済しきれない
くらい借金が増えた後だった。
……ショックだったよ。
彼女がそんなに悩んでる
ことにも気づかないで、
平気でからかってた自分が
サイテーだって思った」
「――だから、代わりに
自分がその借金を返そう
って思ったの?」
_「そーだよ。
そもそもオレが原因なんだ
から、当然でしょ?
でも当時のオレはただの
フリーターでさ。
てっとり早く金稼ぐって
いったら、ホストくらい
しか思い浮かばなくて」
それから瑞樹クンは、
彼女にも説明して、すぐに
ホストの仕事を見つけた。
数ヶ月後には人気が出て
きたおかげで、1年も
かからず全額返済できたらしい。
_「だけど皮肉なもんでさ。
仕事が忙しいせいで、
彼女と会う時間はしだいに
減ってって。
それにやっぱ、オレが
ホストなんかしてんの
不安だったんだろーな。
マジメな子だったから。
いつの間にか気持ちが
すれ違ってて、借金返し
終わった数ヶ月後には
彼女とも破局したよ」
「えっ!? そ、そんな……」
それじゃあ何?
瑞樹クンは高額な借金を
肩代わりして、それで
終わりってこと!?
_あたしはア然としちゃった
けど、瑞樹クンはその事は
気にしてないんだって言った。
「人の気持ちなんて、なる
ようにしかならないんだから。
別にオレ、そのことで
彼女に恨みなんて持ってないよ」
「瑞樹クン………」
……ホントに、あんたってコは。
バカがつくくらいに、
お人よしなんだから。
なんだかあたしはおかしく
なってきた。
_辛い思い出のはずなのに、
最後には胸を張って笑顔で
そんなふうに言える瑞樹クン。
――ホントに、キミはすごいよ。
3つも歳下なのに、あたし
なんかより全然すごい。
「だいじょーぶ。
きっとそのうちできるよ、
新しい彼女」
気づくとあたしは、瑞樹
クンを励まそうとするかの
ように、明るい声でそう
言ってた。
唐突なセリフに、瑞樹
クンは『え?』と目を丸くして、
「何それ?
なんか根拠あんの?」
_「根拠?
根拠なんてほどのもんじゃ
ないけど」
キミみたいなコに、そう
長く神様はイジワル
しないと思う。
ただそれだけだけどね。
「なんだよそれー。
『アタシが彼女になって
あげるワヨ!』って
パターンかと思ったのに〜」
「……はっ!?
な、なに言ってんの、んな
ワケないでしょっ。
てゆーか気持ち悪い喋り方
しないでよねっ!!」
_大ゲサなシナを作って
かなりキモい彼の背中を、
あたしは平手で思い切り
バンッと叩いた。
「ったーーーーっ!
り、莉央さん、それ
力強すぎでしょ!?」
顔をしかめて文句を
言ってくる瑞樹クン。
そんな彼に胸のドキドキを
悟られないように、
「そんなことより急ご!
また残業になっちゃうわよ!」
あたしは小走りで、
木枯らしの吹く通りを
走り出した――…。
☆☆☆☆☆
_


