☆☆☆☆☆
「瑞樹クン、○○社に
電話してサンプル取り
寄せてって頼んでたの、
どうなった!?」
「あ、ハイハイ、しといたよ!
えっと、バイク便で明日の
昼までには届けてくれるって」
「おー、早い!
さっすが、やるねぇ〜」
あたしの周りで、後輩の
一人と瑞樹クンが軽快に
そんなやり取りをしてた。
_彼が入社してそろそろ1週間。
研修期間とは言っても、
基本的な事を教えちゃえば
後はもう実践しかない。
だから今では特に勉強会を
するわけでもなく、隣の
席であたしのチェックを
受けながら、みんなと同じ
ように働いてもらってた。
もちろん彼にとっては
初めてのことばかり。
教えるまでは、何も
知らないんだけど。
_隣の席で指導するように
なってすぐにわかった。
彼、すごく飲み込みが
早くて、おまけに要領もいい。
それに人当たりがいい
から、取引先相手に少し
くらいミスしても、自分で
上手に謝って解決させられ
るんだよね。
――まぁつまり、かなり優秀で。
今では“期待の新人”って
感じで、部内のみんなにも
一目おかれてた。
_部のメンバーともすっかり
なじんで、彼が心配してた
呼び名も、ちゃーんと
『瑞樹クン』で定着してるし。
「莉央さん、これ、
言われてた発注書。
チェックしてもらえますか?」
急に隣から覗き込むように
瑞樹クンに声をかけられて。
PCのキーをたたきつつ
密かに物思いにふけってた
あたしは、ハッとして
顔をあげる。
_「……あ、うん。発注書ね。
りょーかい」
いけないいけない、
あたしがボーッとしてて
どうすんのよ。
気を取り直して、彼が差し
出してる紙を受け取って
細かく眺めた。
ミスは、これっぽっちもない。
「ウン、OK。
じゃあ課長に提出して、
押印お願いして」
「ラジャー♪」
瑞樹クンは安心したように
ニコッと笑うと、返された
紙を受け取って立ち上がり
かけたけど。
_途中でふと思い直した
ように動きを止めて、
再びあたしを見た。
そして、
「莉央さんどっか具合悪いの?
なんか、元気ないですよね?」
「えっ!?」
ナ、ナニをいきなり??
「……どこも悪くないわ。
いたってフツーよ」
「――そうですか?
でもなんか、やっぱ元気
ないように見えるけど……」
_「そんなことないってば!
きっ、気のせいだよっ」
あたしはピシャリと
言うと、課長の席を指して
続ける。
「いいから、早くそれ提出
してきて」
「あ、ハイ……ゴメンナサイ」
瑞樹クンはふに落ちない
顔をしながらも席を立って
離れて行った。
あたしはそのすきに
トイレに駆け込む。
_(はぁ……ちょっとキツい
言い方しちゃったな……)
気遣って言ってくれた
のに、ずいぶんな反応だ。
けどいきなり言って
くるし、おまけに……
図星だったから。
ついあせっちゃって、
あんな態度になっちゃった……。
(後で謝ろ……)
にしても、教育係が心配
されてるようじゃダメだな。
数日前の宇佐美課長との
一件以来、内心は沈み
まくりだけど――みんなの
前では、もっとシャンと
しなきゃ。
_メイクがどうでもよければ
顔でも洗いたい気分で、
手を洗ってると。
話し声をあげながら、
後輩が二人、トイレに
入ってきた。
「あ、莉央さん。
お疲れ様でーす」
「お疲れー」
短く挨拶を交わして出て
行こうとしたんだけど――
そんなあたしを、一人が
呼び止める。
「あ、ねえねえ莉央さん、
知ってた!?」
_「は? 何が?」
首をかしげたあたしに
後輩は続けて、
「瑞樹クンのこと!
うちに来る前に何してたか!」
「瑞樹クンの――前職ってこと?
知らないけど」
そういえば前に『体育会系
だ』とは言ってたけど、
詳しく職種までは聞いてない。
あたしの返事に、後輩は
なぜか瞳をイキイキと
させて教えてくれた。
_「な・なーんと!
ホ・ス・ト、やってたんだって!」
「えぇっ!? ホ、ホストォ!?」
あたしは思わず、場所も
忘れて素っ頓狂な声を
あげちゃう。
だって――ホストって、
あのホストだよね!?
体育会系なんて言うから
てっきりガテン系だと
思ってたあたしには、
思っきし青天のへきれきだ。
(ど、どこが
体育会系なのよ……)
_ア然としてるあたしに
後輩は続けて、
「歌舞伎町のけっこう
大きい店で、トップ5には
入るくらいの人気だった
らしいよ。
すごいよね〜っ」
「ねーっ。
なのになんで、こんな
普通の会社に転職しちゃっ
たんだろうね。
絶対ホスト続けてた方が
稼げるのに!」
後輩達は顔を見合わせて、
好き勝手にそんなことを
言い合ってる。
_「ね、ねぇ。
それ、ホントにホントなの?」
どうにも信じられなくて
口をはさむと、後輩は再び
こっちを見て、
「ハイ。
こないだ聞いたら、そう
教えてくれたんで」
「そうなんだ……」
彼自身がそう言ったの
なら間違いないか……。
でも、やっぱり信じられない。
たしかにルックスはかなり
イケてるけど、どっち
かって言うと爽やか系だし。
_性格も人懐っこくて――
仔犬タイプっていうの?
気取ったとこが全くない、
カワイイ系だし。
夜の歌舞伎町で黒スーツ
着てるイメージなんて、
全くわかないんだけど……。
(ひょっとして……会社
では猫かぶってるとか?)
実は内心ではすっごい
計算して、みんなに
好かれるためにキャラ
作ってたりして。
_(だとしたらそれ、
カンペキに成功してるよ……)
今や瑞樹クン、《ストロ
ベリーガールズ》の
アイドル的存在になりつつ
あるもんな。
(人は見かけによらない
って言うけど――)
彼を表面だけで判断したら
いけないのかもしれない。
――あたしは少しだけ、
瑞樹クンを見る自分の目が
かわったように感じてた。
☆☆☆☆☆
_ ☆☆☆☆☆
その日の午後、唐突に
課長に、瑞樹クンと二人で
呼ばれた。
何食わぬ顔で『松嶋〜』と
呼ぶ声に、複雑な気持ちを
抱きながら課長の席まで行くと。
「ちょっと提案があってな。
柳瀬の研修が予想以上に
順調だから、思い切って
大きめの仕事をひとつ、
まわしてみようかと思うんだ」
_「え……大きめの仕事、
ですか?」
「あぁ。事務系の仕事は
ひと通りノーミスで
できてるからな。
毎日雑用ばっかりじゃ
柳瀬もつまらないだろう。
どうだ?」
課長に尋ねられた瑞樹
クンは、迷うことなく即答する。
「やりたいです!
やらせてもらえるなら
オレ、何でもしますっ!」
うわ……勢い込んじゃって。
ホントに嬉しそう。
_でも――…。
「その大きな仕事って、
なんなんですか?
たしかに彼は優秀です
けど、まだ入って一週間
くらいしか……」
瑞樹クンを信用してない
わけじゃないけど、
さすがにやっぱり期間の
短さが心配。
それに、研修も終わって
ない新人に大きな仕事を
任すなんてこと、あたしの
知る限りじゃ1回もないのに。
どうして彼に限ってあえて
そんなことを? って
思っちゃう。
_あたしの不安は顔にも
現れてたんだろう。
課長はあたしをなだめる
ように『まあまあ』って
言うと、説明を始めた。
「異例なのはわかってる。
けど、実はこれは、男性
社員を入れると決めた時
から少し考えてたことでな。
来月にはバレンタインで、
3月にはホワイトデーが
来るだろ?
そのホワイトデーに、
男性が購入することを
前提とした商品を販売
しようって案が上の方で
出てるんだ」
_え……男性が購入?
「ホワイトデーのお返しに
女のコへプレゼントする
ための商品、ってことですか?」
あたしが聞くより先に、
瑞樹クンが課長にそう確認した。
課長はしっかりと頷いて、
「そういうことだ。
うちのレーベルも人気は
だいぶ定着したが、さらに
飛躍するためには顧客層の
拡大が大事じゃないか、
ってことでな」
_「それで、イベントを
ネタに男性層を引き込もう
ってわけですか……」
唐突な話で、戸惑いは
大きかったけど。
客観的に考えると、それは
たしかに一理あるかも
しれないって思えた。
「コンセプトは、“男が
恋人に着てほしい洋服”
ってわけだ。
男心を理解できるのは、
同じ男だろ。
男性社員にしか出せない
意見が期待できそうじゃないか」
_そう話す課長に、瑞樹
クンも顔を輝かせて答える。
「そうですね。
てゆーかその企画、
すっごいおもしろそう!
実際、ホワイトデーに何
買えばいいかわかんない
男って、山ほどいると思うし」
「あぁ。
とはいえあくまでまだ企画
段階だからな。
うちの部でラインナップ
商品や販売戦略の草案を
作って、上層部に認め
られればGOサインが出る」
_「じゃあつまり、その
草案の作成を瑞樹クンに?」
尋ねたあたしに返って
きたのは、肯定の頷き。
そして課長は続けて、
「もちろん、柳瀬一人では
無理に決まってるからな。
松嶋と柳瀬がリーダーに
なって、後はデザイナー
数名で期間限定の別チーム
を編成するんだ」
「えぇっ?
あ、あたしもですか……!?」
ギョッとして自分を指さす
けど、課長は当然だと
言わんばかりに、
_「お前は柳瀬の教育係だろう。
あくまで研修中でもあるん
だから、サポート役はお前
以外にいないじゃないか」
「そ、それはそうかも
しれませんけど……」
だけどそんな話、サラッと
『ハイわかりました』とは
言えないでしょ。
初めての教育係を任され
たと思ったら、今度は
『初めてのチームリーダー』?
課長や沙織さんの下で
ゆるーく仕事してたこと
しかないあたしには、心の
荷が重すぎるよ……。
_困り果てて押し黙る
あたしに、隣から熱の
こもった声が飛んできた。
「莉央さん、お願いします!
オレ、せっかくもらえる
チャンスなんだから一生
懸命やります!
だから莉央さん、サポート
して下さい!!」
「そ、そんなこと
言われてもぉ〜……!」
あたしにはひとつの企画を
動かせる自信なんて、
ゼンゼンないよぉっ。
_『ホントに困るって!』
本心ではそう叫んで、
逃げ出しちゃいたかったけど。
宝石みたいに瞳を輝かせて
祈るようにあたしを見てる
瑞樹クンと目が合うと、
圧倒されて何も言えなく
なってしまった。
そして――…。
「お願いします、莉央さんっ。
オレ、最初のチーム
メイトは、莉央さんじゃ
なきゃイヤです!」
_まったく罪の意識がない
顔でつむがれる、とどめの
一言――…。
「………わ、わかったわよ……」
気づくとあたしは、
のぼせたようにボンヤリ
する頭のまま、そう答えてた。
「やるわよ……一緒に」
そのセリフを聞いた途端、
瑞樹クンは『やった♪』と
指を鳴らし、課長は
『そうか、よく言った!』
と満足げに笑い出す。
_そうしてあたしは、なかば
(というか思い切り)強引に
新企画チームのリーダーに
就任してしまった。
ただでさえ憂鬱だった
オフィスライフが、
どんどん平穏から程遠く
なってくのを感じて。
あたしは体の底から、
特大のため息をついてた。
☆☆☆☆☆
_
「瑞樹クン、○○社に
電話してサンプル取り
寄せてって頼んでたの、
どうなった!?」
「あ、ハイハイ、しといたよ!
えっと、バイク便で明日の
昼までには届けてくれるって」
「おー、早い!
さっすが、やるねぇ〜」
あたしの周りで、後輩の
一人と瑞樹クンが軽快に
そんなやり取りをしてた。
_彼が入社してそろそろ1週間。
研修期間とは言っても、
基本的な事を教えちゃえば
後はもう実践しかない。
だから今では特に勉強会を
するわけでもなく、隣の
席であたしのチェックを
受けながら、みんなと同じ
ように働いてもらってた。
もちろん彼にとっては
初めてのことばかり。
教えるまでは、何も
知らないんだけど。
_隣の席で指導するように
なってすぐにわかった。
彼、すごく飲み込みが
早くて、おまけに要領もいい。
それに人当たりがいい
から、取引先相手に少し
くらいミスしても、自分で
上手に謝って解決させられ
るんだよね。
――まぁつまり、かなり優秀で。
今では“期待の新人”って
感じで、部内のみんなにも
一目おかれてた。
_部のメンバーともすっかり
なじんで、彼が心配してた
呼び名も、ちゃーんと
『瑞樹クン』で定着してるし。
「莉央さん、これ、
言われてた発注書。
チェックしてもらえますか?」
急に隣から覗き込むように
瑞樹クンに声をかけられて。
PCのキーをたたきつつ
密かに物思いにふけってた
あたしは、ハッとして
顔をあげる。
_「……あ、うん。発注書ね。
りょーかい」
いけないいけない、
あたしがボーッとしてて
どうすんのよ。
気を取り直して、彼が差し
出してる紙を受け取って
細かく眺めた。
ミスは、これっぽっちもない。
「ウン、OK。
じゃあ課長に提出して、
押印お願いして」
「ラジャー♪」
瑞樹クンは安心したように
ニコッと笑うと、返された
紙を受け取って立ち上がり
かけたけど。
_途中でふと思い直した
ように動きを止めて、
再びあたしを見た。
そして、
「莉央さんどっか具合悪いの?
なんか、元気ないですよね?」
「えっ!?」
ナ、ナニをいきなり??
「……どこも悪くないわ。
いたってフツーよ」
「――そうですか?
でもなんか、やっぱ元気
ないように見えるけど……」
_「そんなことないってば!
きっ、気のせいだよっ」
あたしはピシャリと
言うと、課長の席を指して
続ける。
「いいから、早くそれ提出
してきて」
「あ、ハイ……ゴメンナサイ」
瑞樹クンはふに落ちない
顔をしながらも席を立って
離れて行った。
あたしはそのすきに
トイレに駆け込む。
_(はぁ……ちょっとキツい
言い方しちゃったな……)
気遣って言ってくれた
のに、ずいぶんな反応だ。
けどいきなり言って
くるし、おまけに……
図星だったから。
ついあせっちゃって、
あんな態度になっちゃった……。
(後で謝ろ……)
にしても、教育係が心配
されてるようじゃダメだな。
数日前の宇佐美課長との
一件以来、内心は沈み
まくりだけど――みんなの
前では、もっとシャンと
しなきゃ。
_メイクがどうでもよければ
顔でも洗いたい気分で、
手を洗ってると。
話し声をあげながら、
後輩が二人、トイレに
入ってきた。
「あ、莉央さん。
お疲れ様でーす」
「お疲れー」
短く挨拶を交わして出て
行こうとしたんだけど――
そんなあたしを、一人が
呼び止める。
「あ、ねえねえ莉央さん、
知ってた!?」
_「は? 何が?」
首をかしげたあたしに
後輩は続けて、
「瑞樹クンのこと!
うちに来る前に何してたか!」
「瑞樹クンの――前職ってこと?
知らないけど」
そういえば前に『体育会系
だ』とは言ってたけど、
詳しく職種までは聞いてない。
あたしの返事に、後輩は
なぜか瞳をイキイキと
させて教えてくれた。
_「な・なーんと!
ホ・ス・ト、やってたんだって!」
「えぇっ!? ホ、ホストォ!?」
あたしは思わず、場所も
忘れて素っ頓狂な声を
あげちゃう。
だって――ホストって、
あのホストだよね!?
体育会系なんて言うから
てっきりガテン系だと
思ってたあたしには、
思っきし青天のへきれきだ。
(ど、どこが
体育会系なのよ……)
_ア然としてるあたしに
後輩は続けて、
「歌舞伎町のけっこう
大きい店で、トップ5には
入るくらいの人気だった
らしいよ。
すごいよね〜っ」
「ねーっ。
なのになんで、こんな
普通の会社に転職しちゃっ
たんだろうね。
絶対ホスト続けてた方が
稼げるのに!」
後輩達は顔を見合わせて、
好き勝手にそんなことを
言い合ってる。
_「ね、ねぇ。
それ、ホントにホントなの?」
どうにも信じられなくて
口をはさむと、後輩は再び
こっちを見て、
「ハイ。
こないだ聞いたら、そう
教えてくれたんで」
「そうなんだ……」
彼自身がそう言ったの
なら間違いないか……。
でも、やっぱり信じられない。
たしかにルックスはかなり
イケてるけど、どっち
かって言うと爽やか系だし。
_性格も人懐っこくて――
仔犬タイプっていうの?
気取ったとこが全くない、
カワイイ系だし。
夜の歌舞伎町で黒スーツ
着てるイメージなんて、
全くわかないんだけど……。
(ひょっとして……会社
では猫かぶってるとか?)
実は内心ではすっごい
計算して、みんなに
好かれるためにキャラ
作ってたりして。
_(だとしたらそれ、
カンペキに成功してるよ……)
今や瑞樹クン、《ストロ
ベリーガールズ》の
アイドル的存在になりつつ
あるもんな。
(人は見かけによらない
って言うけど――)
彼を表面だけで判断したら
いけないのかもしれない。
――あたしは少しだけ、
瑞樹クンを見る自分の目が
かわったように感じてた。
☆☆☆☆☆
_ ☆☆☆☆☆
その日の午後、唐突に
課長に、瑞樹クンと二人で
呼ばれた。
何食わぬ顔で『松嶋〜』と
呼ぶ声に、複雑な気持ちを
抱きながら課長の席まで行くと。
「ちょっと提案があってな。
柳瀬の研修が予想以上に
順調だから、思い切って
大きめの仕事をひとつ、
まわしてみようかと思うんだ」
_「え……大きめの仕事、
ですか?」
「あぁ。事務系の仕事は
ひと通りノーミスで
できてるからな。
毎日雑用ばっかりじゃ
柳瀬もつまらないだろう。
どうだ?」
課長に尋ねられた瑞樹
クンは、迷うことなく即答する。
「やりたいです!
やらせてもらえるなら
オレ、何でもしますっ!」
うわ……勢い込んじゃって。
ホントに嬉しそう。
_でも――…。
「その大きな仕事って、
なんなんですか?
たしかに彼は優秀です
けど、まだ入って一週間
くらいしか……」
瑞樹クンを信用してない
わけじゃないけど、
さすがにやっぱり期間の
短さが心配。
それに、研修も終わって
ない新人に大きな仕事を
任すなんてこと、あたしの
知る限りじゃ1回もないのに。
どうして彼に限ってあえて
そんなことを? って
思っちゃう。
_あたしの不安は顔にも
現れてたんだろう。
課長はあたしをなだめる
ように『まあまあ』って
言うと、説明を始めた。
「異例なのはわかってる。
けど、実はこれは、男性
社員を入れると決めた時
から少し考えてたことでな。
来月にはバレンタインで、
3月にはホワイトデーが
来るだろ?
そのホワイトデーに、
男性が購入することを
前提とした商品を販売
しようって案が上の方で
出てるんだ」
_え……男性が購入?
「ホワイトデーのお返しに
女のコへプレゼントする
ための商品、ってことですか?」
あたしが聞くより先に、
瑞樹クンが課長にそう確認した。
課長はしっかりと頷いて、
「そういうことだ。
うちのレーベルも人気は
だいぶ定着したが、さらに
飛躍するためには顧客層の
拡大が大事じゃないか、
ってことでな」
_「それで、イベントを
ネタに男性層を引き込もう
ってわけですか……」
唐突な話で、戸惑いは
大きかったけど。
客観的に考えると、それは
たしかに一理あるかも
しれないって思えた。
「コンセプトは、“男が
恋人に着てほしい洋服”
ってわけだ。
男心を理解できるのは、
同じ男だろ。
男性社員にしか出せない
意見が期待できそうじゃないか」
_そう話す課長に、瑞樹
クンも顔を輝かせて答える。
「そうですね。
てゆーかその企画、
すっごいおもしろそう!
実際、ホワイトデーに何
買えばいいかわかんない
男って、山ほどいると思うし」
「あぁ。
とはいえあくまでまだ企画
段階だからな。
うちの部でラインナップ
商品や販売戦略の草案を
作って、上層部に認め
られればGOサインが出る」
_「じゃあつまり、その
草案の作成を瑞樹クンに?」
尋ねたあたしに返って
きたのは、肯定の頷き。
そして課長は続けて、
「もちろん、柳瀬一人では
無理に決まってるからな。
松嶋と柳瀬がリーダーに
なって、後はデザイナー
数名で期間限定の別チーム
を編成するんだ」
「えぇっ?
あ、あたしもですか……!?」
ギョッとして自分を指さす
けど、課長は当然だと
言わんばかりに、
_「お前は柳瀬の教育係だろう。
あくまで研修中でもあるん
だから、サポート役はお前
以外にいないじゃないか」
「そ、それはそうかも
しれませんけど……」
だけどそんな話、サラッと
『ハイわかりました』とは
言えないでしょ。
初めての教育係を任され
たと思ったら、今度は
『初めてのチームリーダー』?
課長や沙織さんの下で
ゆるーく仕事してたこと
しかないあたしには、心の
荷が重すぎるよ……。
_困り果てて押し黙る
あたしに、隣から熱の
こもった声が飛んできた。
「莉央さん、お願いします!
オレ、せっかくもらえる
チャンスなんだから一生
懸命やります!
だから莉央さん、サポート
して下さい!!」
「そ、そんなこと
言われてもぉ〜……!」
あたしにはひとつの企画を
動かせる自信なんて、
ゼンゼンないよぉっ。
_『ホントに困るって!』
本心ではそう叫んで、
逃げ出しちゃいたかったけど。
宝石みたいに瞳を輝かせて
祈るようにあたしを見てる
瑞樹クンと目が合うと、
圧倒されて何も言えなく
なってしまった。
そして――…。
「お願いします、莉央さんっ。
オレ、最初のチーム
メイトは、莉央さんじゃ
なきゃイヤです!」
_まったく罪の意識がない
顔でつむがれる、とどめの
一言――…。
「………わ、わかったわよ……」
気づくとあたしは、
のぼせたようにボンヤリ
する頭のまま、そう答えてた。
「やるわよ……一緒に」
そのセリフを聞いた途端、
瑞樹クンは『やった♪』と
指を鳴らし、課長は
『そうか、よく言った!』
と満足げに笑い出す。
_そうしてあたしは、なかば
(というか思い切り)強引に
新企画チームのリーダーに
就任してしまった。
ただでさえ憂鬱だった
オフィスライフが、
どんどん平穏から程遠く
なってくのを感じて。
あたしは体の底から、
特大のため息をついてた。
☆☆☆☆☆
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