☆☆☆☆☆
バレンタインが終わって
数日経つと、ホワイトデー
企画に思ってもない
ハプニングが起きた。
というのも予想以上に
評判がよすぎて、まだ3月
にもなってないのに、
ほとんどの商品が予約終了
状態になっちゃったのだ。
で、これは間違いなく
売上が伸ばせると踏んだ
上層部は、土壇場での
追加発注を命じてきて――。
_数量限定でしか製造の
予定してなかったから、
あたしと瑞樹クンは急な
プラン変更に大慌て。
新たな予算繰りや関係先
への手配なんかで、また
毎日残業の日々が訪れちゃう。
その日もあたしは定時を
過ぎても関係先を回ってた。
瑞樹クンは別行動。
もう独り立ちしてなんでも
こなせるようになってる
から、彼には社内各部との
調整をお願いしてた。
_(瑞樹クンが優秀で
ホントによかった……)
訪問を終えて時間を確認
すると、もうまもなく
7時になろうとしてる。
「どうしよう……今日は
直帰しようかなぁ〜」
声に出しつつ考えたけど、
でもやっぱり会社に戻る
ことにした。
今から戻れば着くのは
8時前くらい。
超残業だしもう誰もいない
だろうけど、今日あがった
報告を確認しときたい。
_「はぁっ……がんばりますかぁ」
自分を励ますようにそう
言って、地下鉄を乗り継ぎ
会社に戻り……。
無造作にオフィスのドアを
開けて、あたしは思わず
ビクッとした。
「――瑞樹クン!?
まだいたの!?」
そう。
てっきりもう誰もいないと
思ってた室内に、ポツンと
一人、瑞樹クンがいたから。
「おかえりー、莉央さん」
ヒラヒラと手を振り、
笑顔で出迎えてくれるけど――。
_「お帰りって……。
どうしたの?
何かトラブった?」
社内残務だけでここまで
遅くなることはないはず。
そう思ってちょっとドキ
ドキしながら聞いたんだけど、
「トラブル?
ううん、そんなの何もないよ」
「そうなの?
それじゃあどうして?」
「どうしてって――。
そんなの、莉央さんを
待ってたにきまってるでしょ」
「え…………?」
_唐突なセリフに心臓が
ドクンと高鳴る。
「待ってたって……
だから、どうして……」
「ウン。
莉央さんと二人きりに
なる、いいチャンスかな
って思ったから」
「――――/////!!」
瞬間的に、顔に火がついた
みたいに熱くなる。
ヤだ、どうしよう……。
あたしきっと、もう顔が
真っ赤だ。
(仕事が忙しくなった
おかげで、なんとか忘れて
いられたのに――)
_まさしく不幸中の幸いで、
これがもし普通の忙しさ
だったら、きっとあたし
まともに瑞樹クンと話すら
できてなかった。
でもさすがに緊急事態
だったおかげで、余計な
ことを考えてる暇なんてなくて。
それでなんとか瑞樹クン
とも、それなりに普通に
接してられたんだ。
(それなのにそんなこと
言ったら、カンペキ思い
出しちゃうじゃない――!)
_こないだの――
バレンタインの日の、
会議室での出来事。
全部がどんどん鮮明に
よみがえってくる。
必死で訴えたあたし、
悲しくて泣いたあたし。
……その後の、瑞樹クンの言葉。
そしてその時気づいた、
あたしの中に芽生えた
気持ち――……。
(どうしよう………?)
彼の待つこの部屋に足を
踏み入れたら、どうなるの?
そんな不安と淡い予感に、
心が震えた。
_ためらって戸口から中に
入れないあたしに、瑞樹
クンは席を立って静かに
近づいてくる。
そしてスッと伸ばした
手で、あたしの腕を
クイッと引いて、
「そんなとこにいないで
入りなよ。
外、寒かったでしょ」
「あ…………!」
彼に引き寄せられて。
……あたしの体は、
二人きりのオフィスに
飛び込んでしまった。
瑞樹クンはチラッと
あたしを見ながら後ろ手に
ドアを閉めて、
_「どうしたの?
急におとなしくなっちゃって」
「え? そ、そんなこと……!」
「あるでしょ?
もしかして……
外、そんなに寒かった?」
「はっ!? えーと、あの、」
そりゃ、外は2月の夜の
凍えるような冷気。
寒くなかったわけはない。
でも、瑞樹クンはなんで
そんなこと聞いてくんの?
彼の意図が、わかんないよ……。
_そう思ってたら瑞樹クンは
次に、さらにとんでもない
行動に出てきた。
「かわいそう……。
ゴメンね、莉央さんに
ばっか寒い思いさせて。
――オレが、暖めてあげる」
そう言って再びあたしの
両手を取ったかと思うと、
掌を開かせて、それを
自分の頬へ――…。
「……………//////!!!!」
不可抗力で彼の両頬を掌で
包む形になって、あたしは
寒いどころか瞬間湯沸かし器。
頭もまともにまわんない。
_「な、何を……!?」
「あれ?
思ったより冷たくないかな?」
瑞樹クンがからかうように
笑ったのを見て、あたしは
ようやく両腕に力を込めて
振った。
拘束が解かれた腕を自分の
胸元に引き寄せつつ、
「もうっ、からかわないでよ!
こっ、こんな遊びしてる
場合じゃないでしょっ!?」
そう叫ぶと、瑞樹クンは
いかにも心外だって顔をして、
「遊びなんかじゃないよ。
ひどいな。オレ、いたって
真剣なのに」
_「どこがよっ。
もう――ホントにタチの
悪いイタズラばっかり
するんだから……!!」
「だからイタズラじゃ
ないってば。
わかんないかなー。
――莉央さんを、ドキドキ
させたかったの」
「は―――……?」
思わず顔をあげて瑞樹
クンを見て……あたしは
縫いとめられたように
視線がそらせなくなる。
いつの間にか瑞樹クンの
瞳からは、彼の言葉どおり
冗談めいた色が消えてて。
_今の彼の瞳には、真剣
そのもののどこか神秘的な
光が、輝いてる――。
(ヤだ――そんな目で
見ないでよ……)
なんだか心ごと全部、
瑞樹クンの中に吸い込まれ
てっちゃいそうな気がするよ。
「最後にもう1回だけ、
確かめたかったんだ。
オレだってこーゆーのは
緊張するしね」
瑞樹クンは独り言みたいに
そんなことを言うと、
ゾクッとするような
優しくて艶っぽい笑みを
浮かべて、
「でも、わかっちゃったかな。
ね、莉央さん。
今、ドキドキしてるでしょ?」
_それは、小悪魔のように
イジワルなのに、なぜか
心を甘くくすぐるような。
……そんな、媚薬にも似た
ささやき。
――ドキドキなんて
もんじゃないよ。
あなたにそんなことを
言われたら――
あたしの体は、今にも形が
わからなくなりそうな
くらい、不思議な痺れに
支配されるのに。
切なくて甘い電流が体の
中を駆け抜けて。
体が溶けてなくなっちゃい
そうなくらいどうしようも
ない疼きが、あたしを
捕らえて、離さないのに――。
_「ね? 教えてよ、莉央さん。
今、ドキドキしてる?」
「――してるよ。すごく」
きっとあなたに
嘘なんてつけない。
素直に答えると、彼は
今まで以上にあたしに
体を寄せて、
「課長といるときよりも?」
「…………!?」
ひどいな。
こんなときに、課長の
名前なんて出さないでいいのに。
「そんな聞き方しないでよ。
……イジワル」
_「ゴメンね。
でも、オレにはけっこう
重要なんだよ?
なんせ、イロイロ全部
見てきたわけだから」
「もう………」
だけどたしかに、瑞樹クン
には今さらかっこつけても
仕方ないくらい、全部
見られてきたね。
課長を好きだったあたしも
迷ったあたしも。
……いいよ。
そんなあなたになら、
変わった今のあたしも
もっと見てほしい。
_「課長といるときよりも、
だよ――…」
いつの間にか、あたしを
こんなにドキドキさせる
のは瑞樹クンだけになってた。
今はもう、課長に対して
こんな感情は抱かない。
だって、今のあたしは――…。
「……ありがと。
大好きだよ、莉央さん」
あたしが伝えようとする
よりほんの少しだけ早く、
瑞樹クンが先にその言葉を
口にした。
_「あたしも――大好き――」
先は越されちゃったけど、
ちゃんと伝えるよ。
「まっすぐで、強くて。
そんな瑞樹クンが、大好きだよ」
それを聞くと、瑞樹クンは
くすぐったそうにはにかんで、
「オレ、そんなにまっすぐ
でも強くもないぜ?
まあ仕事ではどうか
しんないけど。
プライベートでは、好きな
人が他の男とホテル入るの
見ただけで、取り乱して
不機嫌になるような男だよ?」
_「バカ……。
またそんなこと言って……」
ヤキモチ妬きも、
瑞樹クンの一部。
でもやっぱり、あたしは
知ってるから。
そんな瑞樹クンの、隠れた
強さや優しさを。
「ホントに、あたしで
いいの……?」
瑞樹クンほどの人なら、
これから先も山のように
素敵な人達と出会いが
あるに決まってる。
それこそ、あたしなんか
より何倍もふさわしい人も
いるかもしれない。
_それでも今、あたしを
選んで後悔しない――?
「何言ってんの。
てゆーか、莉央さんじゃ
なきゃイヤだよ。
最初から、正直で頑張り
屋のカワイイ人だなって
思ってた。
でも、一緒に過ごすうちに
もっとどんどん好きに
なってった。
オレもう今、莉央さんしか
見えてないから」
「瑞樹クン………!!」
嬉しすぎて涙が出そうな
くらいの言葉だ。
_あたしはそんなに立派な
人間じゃないけど……
でも瑞樹クンがそう思って
くれるなら、少しでも
そうあり続けるように
努力したいって思う。
そうしてずっと、
瑞樹クンのそばにいたい。
「ホントに、大好きだよ――」
もう一度、瑞樹クンが
そうささやいて。
そうしてどちらから
ともなく、唇を重ねた。
初めて本当に触れる唇は、
とっても暖かくて。
_そこから伝わる温もりが、
あたしの心までポカポカに
してくれる。
幸福な安堵を感じながら、
あたしはいつまでもその
キスに溺れてたかった。
だけどやがて、キスは
瑞樹クンの方から解かれて、
「莉央さん――
オレ、もう待てないよ」
耳元で、瑞樹クンの声が
甘くあたしをくすぐる。
(ま、待てないって……?)
「ホントはバレンタインの
翌日から言いかったのに、
追加発注のせいでとんでも
ないことになっちゃってさ。
やっと今日、言えたけど」
_「そうだったんだ……」
「ウン。
だからもう、抑えきかない。
オレ、莉央さんが
欲しいよ。……今すぐ」
大好きな人の甘い愛の言葉。
それに、お互いもう
子供じゃない。
愛する人を求めるのは
自然なことだし、求め
られるのは幸せなことだ。
そう思うけど――だけど
さすがに最後の言葉は、
黙って受け入れることが
できなかった。
_「―――い、今すぐ!?」
慌てた声で聞き返すけど、
瑞樹クンは熱っぽいキスを
あたしの頬に繰り返しながら、
「ウン。―――ダメ?」
「ダメ? って、
だってここ、会社――!」
「もう誰もいないじゃん。
平気だよ」
「そーゆー問題じゃ
ないでしょ!?
会社でなんてできるわけ
ないじゃない……!」
だけど瑞樹クンはあたしの
抵抗なんてムシするかの
ように、キスの位置を
徐々に下げてくる。
_頬から首筋を伝い、鎖骨へ。
それと同時に、スカートの
中にスッと手が入ってきて――。
「………あっ、ん………!」
拒まなきゃいけないって
思ってるのに、体が
反応して声が漏れた。
「……カワイイ声。
ねぇ、もっと出してよ」
「何言って―――ぁんっ、
そんなとこ触っちゃ――!」
自分の出したなまめかしい
声に、自分でカーッと体が
熱くなる。
(なんて声出してるのよ、
あたし――…!)
_「瑞樹クン、やめ………!」
「やめない。
大丈夫だよ、いざと
なったら鍵かけちゃうから。
莉央さんだってそう
してたもん、反対なんて
しないでしょ?」
「あ、あれは………!」
鼓膜を震わせる声は
こんなにもイジワル
なのに、愛しくて。
どうしよう。
あたしはやっぱり、
溺れちゃいそうだよ。
「愛してる、莉央さん。
ゼッタイ、誰にも渡さないから」
_痺れるようなささやきと
巧みな指使いが、あたしの
意識をバラバラに壊してく……。
漏れ出る声を、キスで
ふさいでもらって。
あたしは深く深く、
瑞樹クンの愛を受け
入れていった――…。
☆☆☆☆☆
_ ☆☆☆☆☆
「ねぇ莉央さん。
チョコケーキって作れない?」
唐突な質問に、あたしは
目をパチクリさせて隣を見る。
「何よ、いきなり?」
――ここは瑞樹クンの部屋。
あたし達は裸の体を
ピッタリ合わせて、
ベッドの中にいる。
会社ではあんなことを
言ってた瑞樹クンだった
けど、結局はタクシーで
あたしをここまで連れて
来てくれた。
_てゆーか信じられないけど
――あんなこと言ってた
のも、本気じゃなかった
みたいで。
途中でいきなりピタッとやめて、
『やっぱ莉央さんかわいすぎっ』
なんて言って、笑い出したんだ。
呆然とするあたしに
彼は短くキスをして、
『ジラされた分の、お返しだよ』
――そうしてこの場所で、
あたし達は本当に結ばれて。
余韻が引かない体を横たえ
ながら、二人でたわいの
ない話をしてる時だった。
_「チョコケーキって……
甘いものでも食べたいの?」
本当に意図がわからなくて
そう聞くと、瑞樹クンは
ちょっとすねたような
声になって、
「違うよ。
前に言ったじゃん。
バレンタインの話」
「ああ―――…」
思い出した。
そういえばバレンタイン
前に、瑞樹クン言ってたな。
『彼女がいたらチョコ
ケーキとか焼いてほしい』って。
_つまり、あれかな。
今日からあたしは彼女
だから、バレンタインの
やり直しをしたいってこと?
「チョコレートも渡した
のに、まだもらう気?
贅沢ねー」
ホントは断る理由なんて
何もないけど、少し意地悪
してそう言ってみる。
そしたら瑞樹クンはさらに
むくれて、
「だって、あれは義理じゃんか。
しかもオレ怒ってたから、
ちゃんと受け取りも
しなかったし」
_そういえば、そうだったね。
まだ一週間も経ってない
のに、もっとずいぶん前の
ことのような気がする。
子供みたいにすねる顔が
かわいくて、あたしは
早々に意地悪モードを終了して、
「いいよ。作ってあげる」
「マジで!? やった♪」
パチンと指を鳴らして、
今度は子犬みたいな顔で笑って。
……大人なのか子供なのか
わからない。
ホントに、不思議な人。
_だけどそんな不思議な
ところも、今のあたしには
狂おしいくらい愛しいよ。
後輩で、部下で、彼氏で。
秘密の恋になるけれど、
この恋には課長との時の
ような辛さは、きっとない。
何も生み出さない恋じゃ
なくて、いろんな新しい
ものを生み出す恋。
きっと、そんな恋になる。
幸せな予感を感じながら、
あたしはそっと、
瑞樹クンの胸に小さく
キスをした。
☆END☆
_
バレンタインが終わって
数日経つと、ホワイトデー
企画に思ってもない
ハプニングが起きた。
というのも予想以上に
評判がよすぎて、まだ3月
にもなってないのに、
ほとんどの商品が予約終了
状態になっちゃったのだ。
で、これは間違いなく
売上が伸ばせると踏んだ
上層部は、土壇場での
追加発注を命じてきて――。
_数量限定でしか製造の
予定してなかったから、
あたしと瑞樹クンは急な
プラン変更に大慌て。
新たな予算繰りや関係先
への手配なんかで、また
毎日残業の日々が訪れちゃう。
その日もあたしは定時を
過ぎても関係先を回ってた。
瑞樹クンは別行動。
もう独り立ちしてなんでも
こなせるようになってる
から、彼には社内各部との
調整をお願いしてた。
_(瑞樹クンが優秀で
ホントによかった……)
訪問を終えて時間を確認
すると、もうまもなく
7時になろうとしてる。
「どうしよう……今日は
直帰しようかなぁ〜」
声に出しつつ考えたけど、
でもやっぱり会社に戻る
ことにした。
今から戻れば着くのは
8時前くらい。
超残業だしもう誰もいない
だろうけど、今日あがった
報告を確認しときたい。
_「はぁっ……がんばりますかぁ」
自分を励ますようにそう
言って、地下鉄を乗り継ぎ
会社に戻り……。
無造作にオフィスのドアを
開けて、あたしは思わず
ビクッとした。
「――瑞樹クン!?
まだいたの!?」
そう。
てっきりもう誰もいないと
思ってた室内に、ポツンと
一人、瑞樹クンがいたから。
「おかえりー、莉央さん」
ヒラヒラと手を振り、
笑顔で出迎えてくれるけど――。
_「お帰りって……。
どうしたの?
何かトラブった?」
社内残務だけでここまで
遅くなることはないはず。
そう思ってちょっとドキ
ドキしながら聞いたんだけど、
「トラブル?
ううん、そんなの何もないよ」
「そうなの?
それじゃあどうして?」
「どうしてって――。
そんなの、莉央さんを
待ってたにきまってるでしょ」
「え…………?」
_唐突なセリフに心臓が
ドクンと高鳴る。
「待ってたって……
だから、どうして……」
「ウン。
莉央さんと二人きりに
なる、いいチャンスかな
って思ったから」
「――――/////!!」
瞬間的に、顔に火がついた
みたいに熱くなる。
ヤだ、どうしよう……。
あたしきっと、もう顔が
真っ赤だ。
(仕事が忙しくなった
おかげで、なんとか忘れて
いられたのに――)
_まさしく不幸中の幸いで、
これがもし普通の忙しさ
だったら、きっとあたし
まともに瑞樹クンと話すら
できてなかった。
でもさすがに緊急事態
だったおかげで、余計な
ことを考えてる暇なんてなくて。
それでなんとか瑞樹クン
とも、それなりに普通に
接してられたんだ。
(それなのにそんなこと
言ったら、カンペキ思い
出しちゃうじゃない――!)
_こないだの――
バレンタインの日の、
会議室での出来事。
全部がどんどん鮮明に
よみがえってくる。
必死で訴えたあたし、
悲しくて泣いたあたし。
……その後の、瑞樹クンの言葉。
そしてその時気づいた、
あたしの中に芽生えた
気持ち――……。
(どうしよう………?)
彼の待つこの部屋に足を
踏み入れたら、どうなるの?
そんな不安と淡い予感に、
心が震えた。
_ためらって戸口から中に
入れないあたしに、瑞樹
クンは席を立って静かに
近づいてくる。
そしてスッと伸ばした
手で、あたしの腕を
クイッと引いて、
「そんなとこにいないで
入りなよ。
外、寒かったでしょ」
「あ…………!」
彼に引き寄せられて。
……あたしの体は、
二人きりのオフィスに
飛び込んでしまった。
瑞樹クンはチラッと
あたしを見ながら後ろ手に
ドアを閉めて、
_「どうしたの?
急におとなしくなっちゃって」
「え? そ、そんなこと……!」
「あるでしょ?
もしかして……
外、そんなに寒かった?」
「はっ!? えーと、あの、」
そりゃ、外は2月の夜の
凍えるような冷気。
寒くなかったわけはない。
でも、瑞樹クンはなんで
そんなこと聞いてくんの?
彼の意図が、わかんないよ……。
_そう思ってたら瑞樹クンは
次に、さらにとんでもない
行動に出てきた。
「かわいそう……。
ゴメンね、莉央さんに
ばっか寒い思いさせて。
――オレが、暖めてあげる」
そう言って再びあたしの
両手を取ったかと思うと、
掌を開かせて、それを
自分の頬へ――…。
「……………//////!!!!」
不可抗力で彼の両頬を掌で
包む形になって、あたしは
寒いどころか瞬間湯沸かし器。
頭もまともにまわんない。
_「な、何を……!?」
「あれ?
思ったより冷たくないかな?」
瑞樹クンがからかうように
笑ったのを見て、あたしは
ようやく両腕に力を込めて
振った。
拘束が解かれた腕を自分の
胸元に引き寄せつつ、
「もうっ、からかわないでよ!
こっ、こんな遊びしてる
場合じゃないでしょっ!?」
そう叫ぶと、瑞樹クンは
いかにも心外だって顔をして、
「遊びなんかじゃないよ。
ひどいな。オレ、いたって
真剣なのに」
_「どこがよっ。
もう――ホントにタチの
悪いイタズラばっかり
するんだから……!!」
「だからイタズラじゃ
ないってば。
わかんないかなー。
――莉央さんを、ドキドキ
させたかったの」
「は―――……?」
思わず顔をあげて瑞樹
クンを見て……あたしは
縫いとめられたように
視線がそらせなくなる。
いつの間にか瑞樹クンの
瞳からは、彼の言葉どおり
冗談めいた色が消えてて。
_今の彼の瞳には、真剣
そのもののどこか神秘的な
光が、輝いてる――。
(ヤだ――そんな目で
見ないでよ……)
なんだか心ごと全部、
瑞樹クンの中に吸い込まれ
てっちゃいそうな気がするよ。
「最後にもう1回だけ、
確かめたかったんだ。
オレだってこーゆーのは
緊張するしね」
瑞樹クンは独り言みたいに
そんなことを言うと、
ゾクッとするような
優しくて艶っぽい笑みを
浮かべて、
「でも、わかっちゃったかな。
ね、莉央さん。
今、ドキドキしてるでしょ?」
_それは、小悪魔のように
イジワルなのに、なぜか
心を甘くくすぐるような。
……そんな、媚薬にも似た
ささやき。
――ドキドキなんて
もんじゃないよ。
あなたにそんなことを
言われたら――
あたしの体は、今にも形が
わからなくなりそうな
くらい、不思議な痺れに
支配されるのに。
切なくて甘い電流が体の
中を駆け抜けて。
体が溶けてなくなっちゃい
そうなくらいどうしようも
ない疼きが、あたしを
捕らえて、離さないのに――。
_「ね? 教えてよ、莉央さん。
今、ドキドキしてる?」
「――してるよ。すごく」
きっとあなたに
嘘なんてつけない。
素直に答えると、彼は
今まで以上にあたしに
体を寄せて、
「課長といるときよりも?」
「…………!?」
ひどいな。
こんなときに、課長の
名前なんて出さないでいいのに。
「そんな聞き方しないでよ。
……イジワル」
_「ゴメンね。
でも、オレにはけっこう
重要なんだよ?
なんせ、イロイロ全部
見てきたわけだから」
「もう………」
だけどたしかに、瑞樹クン
には今さらかっこつけても
仕方ないくらい、全部
見られてきたね。
課長を好きだったあたしも
迷ったあたしも。
……いいよ。
そんなあなたになら、
変わった今のあたしも
もっと見てほしい。
_「課長といるときよりも、
だよ――…」
いつの間にか、あたしを
こんなにドキドキさせる
のは瑞樹クンだけになってた。
今はもう、課長に対して
こんな感情は抱かない。
だって、今のあたしは――…。
「……ありがと。
大好きだよ、莉央さん」
あたしが伝えようとする
よりほんの少しだけ早く、
瑞樹クンが先にその言葉を
口にした。
_「あたしも――大好き――」
先は越されちゃったけど、
ちゃんと伝えるよ。
「まっすぐで、強くて。
そんな瑞樹クンが、大好きだよ」
それを聞くと、瑞樹クンは
くすぐったそうにはにかんで、
「オレ、そんなにまっすぐ
でも強くもないぜ?
まあ仕事ではどうか
しんないけど。
プライベートでは、好きな
人が他の男とホテル入るの
見ただけで、取り乱して
不機嫌になるような男だよ?」
_「バカ……。
またそんなこと言って……」
ヤキモチ妬きも、
瑞樹クンの一部。
でもやっぱり、あたしは
知ってるから。
そんな瑞樹クンの、隠れた
強さや優しさを。
「ホントに、あたしで
いいの……?」
瑞樹クンほどの人なら、
これから先も山のように
素敵な人達と出会いが
あるに決まってる。
それこそ、あたしなんか
より何倍もふさわしい人も
いるかもしれない。
_それでも今、あたしを
選んで後悔しない――?
「何言ってんの。
てゆーか、莉央さんじゃ
なきゃイヤだよ。
最初から、正直で頑張り
屋のカワイイ人だなって
思ってた。
でも、一緒に過ごすうちに
もっとどんどん好きに
なってった。
オレもう今、莉央さんしか
見えてないから」
「瑞樹クン………!!」
嬉しすぎて涙が出そうな
くらいの言葉だ。
_あたしはそんなに立派な
人間じゃないけど……
でも瑞樹クンがそう思って
くれるなら、少しでも
そうあり続けるように
努力したいって思う。
そうしてずっと、
瑞樹クンのそばにいたい。
「ホントに、大好きだよ――」
もう一度、瑞樹クンが
そうささやいて。
そうしてどちらから
ともなく、唇を重ねた。
初めて本当に触れる唇は、
とっても暖かくて。
_そこから伝わる温もりが、
あたしの心までポカポカに
してくれる。
幸福な安堵を感じながら、
あたしはいつまでもその
キスに溺れてたかった。
だけどやがて、キスは
瑞樹クンの方から解かれて、
「莉央さん――
オレ、もう待てないよ」
耳元で、瑞樹クンの声が
甘くあたしをくすぐる。
(ま、待てないって……?)
「ホントはバレンタインの
翌日から言いかったのに、
追加発注のせいでとんでも
ないことになっちゃってさ。
やっと今日、言えたけど」
_「そうだったんだ……」
「ウン。
だからもう、抑えきかない。
オレ、莉央さんが
欲しいよ。……今すぐ」
大好きな人の甘い愛の言葉。
それに、お互いもう
子供じゃない。
愛する人を求めるのは
自然なことだし、求め
られるのは幸せなことだ。
そう思うけど――だけど
さすがに最後の言葉は、
黙って受け入れることが
できなかった。
_「―――い、今すぐ!?」
慌てた声で聞き返すけど、
瑞樹クンは熱っぽいキスを
あたしの頬に繰り返しながら、
「ウン。―――ダメ?」
「ダメ? って、
だってここ、会社――!」
「もう誰もいないじゃん。
平気だよ」
「そーゆー問題じゃ
ないでしょ!?
会社でなんてできるわけ
ないじゃない……!」
だけど瑞樹クンはあたしの
抵抗なんてムシするかの
ように、キスの位置を
徐々に下げてくる。
_頬から首筋を伝い、鎖骨へ。
それと同時に、スカートの
中にスッと手が入ってきて――。
「………あっ、ん………!」
拒まなきゃいけないって
思ってるのに、体が
反応して声が漏れた。
「……カワイイ声。
ねぇ、もっと出してよ」
「何言って―――ぁんっ、
そんなとこ触っちゃ――!」
自分の出したなまめかしい
声に、自分でカーッと体が
熱くなる。
(なんて声出してるのよ、
あたし――…!)
_「瑞樹クン、やめ………!」
「やめない。
大丈夫だよ、いざと
なったら鍵かけちゃうから。
莉央さんだってそう
してたもん、反対なんて
しないでしょ?」
「あ、あれは………!」
鼓膜を震わせる声は
こんなにもイジワル
なのに、愛しくて。
どうしよう。
あたしはやっぱり、
溺れちゃいそうだよ。
「愛してる、莉央さん。
ゼッタイ、誰にも渡さないから」
_痺れるようなささやきと
巧みな指使いが、あたしの
意識をバラバラに壊してく……。
漏れ出る声を、キスで
ふさいでもらって。
あたしは深く深く、
瑞樹クンの愛を受け
入れていった――…。
☆☆☆☆☆
_ ☆☆☆☆☆
「ねぇ莉央さん。
チョコケーキって作れない?」
唐突な質問に、あたしは
目をパチクリさせて隣を見る。
「何よ、いきなり?」
――ここは瑞樹クンの部屋。
あたし達は裸の体を
ピッタリ合わせて、
ベッドの中にいる。
会社ではあんなことを
言ってた瑞樹クンだった
けど、結局はタクシーで
あたしをここまで連れて
来てくれた。
_てゆーか信じられないけど
――あんなこと言ってた
のも、本気じゃなかった
みたいで。
途中でいきなりピタッとやめて、
『やっぱ莉央さんかわいすぎっ』
なんて言って、笑い出したんだ。
呆然とするあたしに
彼は短くキスをして、
『ジラされた分の、お返しだよ』
――そうしてこの場所で、
あたし達は本当に結ばれて。
余韻が引かない体を横たえ
ながら、二人でたわいの
ない話をしてる時だった。
_「チョコケーキって……
甘いものでも食べたいの?」
本当に意図がわからなくて
そう聞くと、瑞樹クンは
ちょっとすねたような
声になって、
「違うよ。
前に言ったじゃん。
バレンタインの話」
「ああ―――…」
思い出した。
そういえばバレンタイン
前に、瑞樹クン言ってたな。
『彼女がいたらチョコ
ケーキとか焼いてほしい』って。
_つまり、あれかな。
今日からあたしは彼女
だから、バレンタインの
やり直しをしたいってこと?
「チョコレートも渡した
のに、まだもらう気?
贅沢ねー」
ホントは断る理由なんて
何もないけど、少し意地悪
してそう言ってみる。
そしたら瑞樹クンはさらに
むくれて、
「だって、あれは義理じゃんか。
しかもオレ怒ってたから、
ちゃんと受け取りも
しなかったし」
_そういえば、そうだったね。
まだ一週間も経ってない
のに、もっとずいぶん前の
ことのような気がする。
子供みたいにすねる顔が
かわいくて、あたしは
早々に意地悪モードを終了して、
「いいよ。作ってあげる」
「マジで!? やった♪」
パチンと指を鳴らして、
今度は子犬みたいな顔で笑って。
……大人なのか子供なのか
わからない。
ホントに、不思議な人。
_だけどそんな不思議な
ところも、今のあたしには
狂おしいくらい愛しいよ。
後輩で、部下で、彼氏で。
秘密の恋になるけれど、
この恋には課長との時の
ような辛さは、きっとない。
何も生み出さない恋じゃ
なくて、いろんな新しい
ものを生み出す恋。
きっと、そんな恋になる。
幸せな予感を感じながら、
あたしはそっと、
瑞樹クンの胸に小さく
キスをした。
☆END☆
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