《完》オフィスに鍵をかけて 〜キケンな部下と秘密の恋〜

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紙袋一杯のチョコレートを
抱えて、瑞樹は颯爽と
会社を出ようとしていた。




長かった2月14日の一日を
終え、帰宅しようと
していたところだ。




ところが、エントランスを
今まさに抜けようとして
いた所で、彼は唐突に足を
止めた。




「――――瑞樹!」




そう、自分の名前を
呼ばれたから。



_声の方向を振り返って、
瑞樹は驚きに目を見開く。




「美冬(みふゆ)―――!?」




そこにいたのは、かつて
知ったる人物だけれど――
まさかここで会うとは
思ってもいない人物。




(なんで、美冬がこんな
とこに――??)




「……久しぶり、瑞樹」




彼女は瑞樹の内心の疑問
には答えず、本当に懐かし
そうにそう挨拶してきた。




「――久しぶり。

元気だったか?」



_会うのは1年ぶりだ。




他に言葉は見つからず、
瑞樹も軽くほほ笑みながら
答えると……。




「相変わらずモテモテだね。

それ、全部会社の人から
もらったの?」




瑞樹の持つ紙袋を指差して
美冬が言った。




それを聞いた瑞樹はさらに
驚いて、




「会社って、美冬……?」




美冬とは自分がホストを
している時に別れ、それ
以来一度も会ってなかった。



_だから、自分がサラリー
マンに転職したことなんて
知るはずもないのに。




「……ウン、知ってたよ。

サトルが教えてくれたの」




サトルというのは、学生
時代からの二人共通の親友だ。




そう言えばモードで働き
出してしばらくした頃、
電話がかかってきてそんな
話もしたっけ……。





瑞樹は最初、偶然会った
だけかと思っていたが、
どうやらそうではない
ことをすぐに察した。



_美冬は、自分がここで
働いていることを知った
うえで、今この場にいるのだ。





「……どうした?

何か、あったのか?」




彼女の借金はキレイに完済した。



もう、何も問題なんてない
はずだけれど――。





「瑞樹、私――……」




開いていた距離を埋める
ように、美冬が歩み寄って来る。




そして、まっすぐ瑞樹の
正面に立ち、




「瑞樹に逢いたくて、来たのよ」



_かすかに震える声でだ
けれど、ハッキリとそう告げる。




「美冬、それは――…」




言いかけたセリフを遮って
美冬がさらに言葉を続けた。




「サトルに聞いたからじゃ
なくて……その前から
ずっと、会いたいって思ってた。

私、ホントはずっと後悔
してたの。瑞樹と別れたこと」




「美冬………」




驚きと、彼女とつき合って
いた頃の懐かしい感覚が
体を満たしていく。



_「瑞樹が毎日、色んな女の
人とベタベタしてるのが
どうしてもイヤで。

私のためにしてくれてる
ことなのにこんなふうに
考えるのはおかしいって
わかってたけど、だけど
寂しくて」




『私がワガママだった、
ゴメン』

そう美冬は謝った。




瑞樹は首を横に振り、




「美冬だけが悪いんじゃない。

オレだって、美冬がそう
感じてるのをわかってた
のに放置してたんだから」



_ただ、あの頃は美冬が
自分のせいで作って
しまった借金をまず返す
ことに必死で。




我慢をさせるのもやむを
得ないと思い、そのままに
してしまったのだ。




「お互いちょっとずつ、
何かが足りなかった。

それだけだよ」




だから、今さら美冬だけが
謝る必要なんて何もない。




瑞樹は視線にそう思いを
込めて、美冬を見つめた。




美冬は思いつめた表情で
それを受け止めて、



_「瑞樹がホストを辞めた
って聞いて、もう気持ちが
抑えられなくなって
来ちゃったの。

ムシがよすぎるってわかってる。

だけど――…」




そして、そこで一度大きく
息をついて、





「今なら私、ちゃんと
瑞樹を信じれると思う。


だから――やり直せない
かな、私達――」





「美冬………!」




予感はしていたのに、
実際に彼女の口からその
言葉を聞くと。




それはまるで不思議な力を
持った呪文のように、
瑞樹の心にあらがいがたい
衝動を与えた。



_彼女を好きだった気持ちや
懐かしい思い出が、
走馬灯のように引き
出されて心を満たす。



それは本当に、帰りたいと
思ってしまうくらい
楽しかった時間で。





――嫌いになって別れた
相手じゃない。




その相手が自分を求めて
くれるなら、いっそ今すぐ
そこに戻ればいいんじゃないか。




それにその想いをはねつけ
れば、彼女はまた、傷つく
ことになるんだから――。



_そんな、色んな思いが
心を駆け巡って。




瑞樹は我を忘れて『ああ』
と答えてしまいそうな
自分を、ハッキリと感じていた。




(まいったな……。

これじゃ、莉央さんの
こと偉そうに責めて
らんないじゃん――)




別れた恋人にヨリを戻そう
って言われんのって、
こんな気持ちになるんだな。




まさか自分が同じ経験を
して、莉央の気持ちを身を
もって知ることになるとは。



_因果を感じる結果に、
瑞樹は内心で苦笑していた。




(けど――笑ってる
場合じゃないか)




自分にも、しなくては
いけないことがある。




そうじゃなければ、今度は
自分が莉央になじられる番だ。





――瑞樹は、目の前の
美冬をもう一度正面から
見つめた。




不安そうに揺れる瞳を
見ると、やっぱり心が痛む。




でも――…。




「ゴメン、美冬。

オレは美冬とはやり直せない」



_美冬から瞳をそらさずに、
瑞樹は静かにそう告げた。




美冬のまぶたが小さく震え
……悲しみが、ゆっくりと
顔に現れてくる。




「ゴメンな。

気持ちは嬉しいけど……」




「そっか――。

もしかしてもう彼女とか
いた?」




気丈にそう言う美冬だった
が、内心では必死に涙を
こらえてるのが瑞樹には
わかった。




泣いてほしくはない。




けれどきちんと答える
ことが誠意だと思うから、
瑞樹は迷わずに答える。



_「彼女はいないよ。

でもきっと――好きな人はいる」




「そ、か……そうだよね。

私とつき合ってたの
なんて、もう1年以上も
前なんだもんね……」




「期間の問題じゃないよ。

現にそれまでは、仕事で
どんだけいろんなタイプの
人を見たって、心が動く
ことはなかったし――…」





でも今の自分は、

もう出会ってしまったから。



_自分の心を動かし……

もっと知りたいと思わせる
相手に。





守ってあげたい。


そばにいたい。




そんなふうに感じる相手に。




――だから――…





「本当にゴメンな、美冬……」




今、彼女に最後に言える
言葉は、これ以外にない。




もう一度謝った瑞樹に、
美冬は瞳を潤ませながらも
けなげにほほ笑んで、




「……ううん、いいの。

言えただけでもよかった。


私こそゴメンね、瑞樹。

それに……ありがとう」



_「“ありがとう”?

何にだよ?」




「いろんなことにだよ。

瑞樹が私にしてくれた
ことや教えてくれたこと、全部。

私、本当に感謝してるから――」




美冬はそう言うと目元を
グイッと手でぬぐい、
笑顔で瑞樹を見上げた。




(いつのまにか美冬も、
強くなってるんだな――)




昔はもっと泣いている
ことが多い彼女だった。




でも今の美冬なら、きっと
自分がいなくても大丈夫だ。




きっと彼女は――ただ、
昔の自分にケリをつけた
かったんだろう。



_だから今、美冬は笑っている。




それなら自分も笑って
いようと、瑞樹は思った。




「こっちこそ、ありがとな」




過去にも、今日ここへ来て
くれたことにも。




すべてひっくるめて
伝えると、美冬は『ウン』
と小さく頷いて、




「そうだ――一応これは
渡しとく。

友チョコだから受け取って
くれるよね?」




そう言ってバッグの中から
小さな包みを取り出した。



_差し出されたそれを、
瑞樹はためらうことなく
受け取って、




「サンキュー。

ありがたくもらっとく」




「ウン。

それじゃあ――ゴメンね、
帰ろうとしてたのに」




「イヤ、いいよ」




「ありがと。


――バイバイ、瑞樹。

元気でね――…」




「あぁ、バイバイ。

美冬も、元気で」





これが本当の、『バイバイ』。




1年前に恋人同士では
なくなってた二人だけれど。



_今夜の『バイバイ』は……


そう、きっと、二人が次に
進むための別れだ。




楽しかったことも辛かった
ことも、情けない失敗も。




全部を大切な想い出として
しまって、新しい道を
進んでいくための。





「……サンキュー、美冬」




ビルを出た美冬の後ろ姿が
見えなくなるまで見送って
から、瑞樹は小さくつぶやいた。




(お前が来てくれたおかげ
で――なんかオレも、発破
かけられたよ)



「あいつが前に進むなら――

オレも、ここで止まってる
わけにはいかないよな――…」




それは静かなささやき
だったけれど、その中には
揺るぎない決意がこもっている。




瑞樹は両手にギュッと力を
込めると、まっすぐに前を
見据え、再び歩き出した――…。





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