「絵美さんもなんか言ってやって!バカとか!」
「愛情の裏返しなのよ、華音ちゃん。」
「愛情の裏返し?」
「そう。圭一はね、華音ちゃんが可愛くて可愛くて仕方ないの。ね?」
「そうそう。俺ほど妹を可愛がってる兄なんていないぞ?父さんたちの分まで愛情を注いでるし。」
「別に注がなくていい!」

 今現在、華音と圭一は二人暮らしである。父の経営する企業が海外進出を果たし、本社をアメリカに移すことになり、父が単身赴任をするはずが母もついていくということにもなった。(父と母はいい年してまだ仲が異常に良い。)
 当時中学2年生だった華音は友達と離れること、この地域から出て行くのが嫌で一緒に行くのを拒んだ。20歳だった圭一も同じで、結果息子と娘は日本に残ることになった。よく考えればこんなことを許すのは、親がなかなかに特殊であるからだと言わざるを得ない。
 本来、今現在少し古いアパートに住んでいる華音と圭一は、高級マンションに住める程度の経済力を持ち合わせているが、両親の教育方針により、3年間このアパートに住み続けている。

 ふと、玄関のチャイムが鳴った。ほとんど鳴ることのないチャイムが、久しぶりの活動だ。

「華音、頼む。」
「はいはい。」

 華音はゆっくりと立ち上がり、玄関のドアに手をかけた。そしてドアを開けた。
 華音の視線の先に立つ男の、茶髪の短い髪が少しだけ揺れた。華音よりも20センチは背の高い眼鏡をかけた男の人が優しい目で華音を見つめている。

「はじめまして。隣に越してきた天海(アマミ)と言います。これ、大したものではありませんが受け取ってください。」
「え?」
「それでは、今後ともどもよろしくお願いします。」

 それだけ言って頭を下げて、また華音を優しい目で見つめる目の前の男。その視線から逃れたくなって華音はゆっくりとドアを閉めた。

「んー…どうした華音…?」
「なんか隣に引っ越してきたっていう人からもらっちゃった。」
「ふーん…。まぁ隣、空き部屋だったもんな。で、名前は?」
「え…っと…天海さんだっけな。確か。」
「確かってなんだよ。そんな見惚れちまうほどいい男だったのか?」

 右の口角が上がった圭一に、内心むっとする。

「…違うけど。」
「お~その反応を見たところ、図星だな。華音は分かりやすい。」
「なっ…別に違うから!」
「ムキになるところがますます怪しい…。」
「なっ…だから別に違うってば。」

 見惚れてしまうほどいい男とか、そういうことではない。ただ、あの優しい目をどこかでみたことがあるような気がしてならなかった。忘れられない、あの人に似ている気さえしてくる。
 しかし、そんな考えはあっさりと打ち消した。どう考えたって有り得ない。もう何年も前の話だ。それにはっきりと思い出せるわけでもない。
 それでも何故か、『天海さん』のあの優しい眼差しが頭から離れなかった。