翌朝、李漢はヒュウ、ヒュウという不思議な物音で目を覚ました。
まだ薄暗い表に出ると、冷たい冷気が体に纏わりつき、李漢は身震いをした。
絶え間なく聞こえてくる物音を不気味に思いながら、李漢は刀を持って裏庭に回った。

裏庭に、椿が立っていた。
どこで拾ったのか、長い木の棒を、おそらく短槍の代わりに一心不乱に振り回している。
その動きのあまりの速さと無駄のなさに、李漢はしばし見とれていた。

椿は腕組みをして自分を見ている李漢に気づくと、はたと動きを止めた。

「ずいぶんと早起きなんだな。もっとゆっくり寝ててもいいんだぞ?」

「寝ているときは、無防備です。いつまでも寝ていると殺されます」

思いがけない答えに、李漢は胸を突かれた。
この娘の身体の深いところに染みついている習慣が哀れで、そうならざる得なかった家庭を思うと、胸が焼かれるようだった。

「ここでは誰もお前を殺したりしない。気を張る必要はないよ」

椿は答えなかった。
代わりに再び棒を振り回し始めた。
その表情からは醜い怒りがにじんでいた。
惨い運命を勝手に背負わされ、自分ではどうすることもできずに、望まない生き方をせねばならない怒り―…
武術の稽古で気がまぎれるのなら、それでいい。
李漢は椿を暫く放っておくことに決めた。

 椿が稽古をやめて家に戻ってきたのは、ようやく日が昇り、辺りが明るくなってからだった。
朝餉の支度をしていた李漢は、部屋に入ってきた椿に気づくと、夜着から昨日ソンニが持ってきた衣に着替えるように促した。

椿が戻ってくると、李漢は囲炉裏に掛かった鍋を火からおろし、くるりと汁をかき混ぜた。
炊きたての麦飯と温かい山菜汁は、とてもおいしかった。

「今日はアショの街に行こうと思う…急で悪いがお前も来てくれ」

「買い物ですか?」

「ああ、あんまりいきなりお前が転がり込んできたからな。衣も肌着も椀も足りん」

椿は微笑んだ。

「はい」