陰陽(教)師

善吉が言っているのは寛永年間(1624~44)に描かれた「水虎之図」か、享保年間(1716~35)に描かれた河童の絵のことか。

他にも天明元年(1781)と寛政6年(1794)にも河童の絵は描かれている。

いずれも、捕らえられた河童を観察・調査・写生した絵である。

河童伝説が、日本人の中に深く根付いている証拠といえよう。

「実際に河童を見たのは今回が初めてじゃがの」

「これを見てください」

晴明が携帯を取り出し、善吉に差し出した。

携帯の画面に映っていたのは、今朝、トラックが脱輪した現場に点在していた、茶色の塊だった。

「この塊は等間隔に並び、非常に生臭い匂いを放っていました」

大吾やトラックが立ち去った後、晴明は一人で調べてみたらしい。

「…このワシを追ってきた河童の足跡かもしれんな」

画面を見て、善吉は唸った。

「お祖父さま」

それまで黙っていた明菜が口を開いた。

「あの河童との間に何があったの?」