「それは………」


「ほかにも疑似体験をすることで、書類ではわからないことも見せてもらった。
俺もあの山で皆と同じように過ごしていたからな。
そのおかげでここにいる奴らがどういう奴なのかも把握した。
問題を起こす奴、仲間意識が異常に強い奴、それに卑怯な手を使う奴。
書類の中ではアンタらは優秀だ。
だが、非日常的な空間ではどうなるのか。
それが見たかった」




私は実技訓練の初日のことを思い出した。




「ただ、見たかった。それだけだ」




誰も反論できない。


知らない内に素の姿を観察されていたとは思いもしなかった。




「でも、それを見て何の意味があるの」


「俺には何のメリットもない。
やるのはここにいる奴らであって、俺は案内をするだけだ。
正直、初めの現実世界はあの実技よりも過酷だぞ」




一瞬、山本君が怖く感じた。


いつものふざけた口調ではなかった。


本当に厳しいのだと思わせた。




「そういえば、誰かがガイダンスの時に『現実世界に行った感想を教えろ』と話していたな。
その答えはこの実技で感じた通りのものだ。
口で説明するよりも体験した方が分かりやすいだろ」




山本君の言葉一つ一つが胸を苦しめた。


いまさらながらに感じた『恐怖』だろうか。




「選抜部隊はこの計画の鍵となるものだ。
たった一年で現実世界をある程度理解しなければならない。
道具もない。
されに資料も、本も………
そんな中で、辻本は二億人もの人間を導けるのか」


「………できるわ」




小さい声だった。


予想よりも厳しい状況だと理解したのだろう。




「俺の役目はここまでだ」




山本君は扉の方へ向かった。


でも、途中で立ち止まり、座っているアカネを見た。




「それでも、一度経験するのもいいだろ。
人は挫折して初めて得るものもある」




扉が開き、山本君は教室から出て行った。