事態は切迫していたが、さすがに自分の部屋に住まわすわけにもいかず、家にも返し、だましだましやってきたが、[その日]は、やはりやってきた。
「おじさん、たすけて!」
Yシャツの肩口が引き裂かれ、裸足のまま玄関に立っている…
「はやく鍵かけて!なんでもいいから着替えて、行こう!」
「行く?」
「お父さんかも知れない人、さっき電話があった。住所と電話番号だけは聞いておいたから」
会話も終わらないうちに小刻みに、激しく、ドアを叩きつける音!
「さやか!お父さんが悪かった!お母さんが泣いてるぞ。さあ、帰ろう」
どうやら父親らしいが、もちろん空ける気など毛頭ない。
拳を打ち付ける音は、次第に不規則に、荒っぽくなっていく。
「お母さん、うらめしそうな顔して泣いてたでしょ!アンタみたいな下衆ジジイと一緒になんかいられるか!」親子がやりあう間に、二階のこの部屋からありったけの布団を階下に投げ、さやかに耳打ちする。
「布団に向かって飛び降りたら、車まで走れ!」
震えながらうなずくと、陸上選手よろしく美しい放物線を描いて飛び降り、駆け出す。俺も家族のセカンドカーだった軽に飛び乗り、急いで車道に向かう。
「みなさん!誘拐、誘拐です!け、警察、警察呼んでください!」

 怒鳴り散らす義父の声がだんだん遠ざかる…
「あーあ。どうして親って選べないんだろう?あれで人の父、です?」
「凹むな凹むな、幸い、未遂で、父親のあてもついた。幸運に感謝するよ。おじさんは!」