車に戻ると、当たり前のように先生がエンジンをかけた。
鍵を回す先生の指先。その指先の動きが、痛いくらいに寂しかった。
もう帰らなきゃいけないんだ……。
ブン、車が発進して、後ろに倒れるように体が自然に揺れた。
でも、私の寂しさをくつがえすように、車は街とは全く逆方向、山の中をぐんぐん進んでいく。
「先生……?どこいくの……?」
「いいから黙って乗ってろ」
木々の間を縫うように続いている真っ暗な山道を、先生は何の躊躇いもなく奥へ奥へと車を進めていく。
電灯がないせいか、真っ暗闇に延びる山道はとても不気味で。ざわざわと枝を伸ばしている周りの木は、まるでお化けのように見える。
「先生……」
少し怖くなって、すがるように先生の腕を掴んだら、頭の上からからかうような笑い声が降ってきた。
「なんだァ?何にビビってんだ?」
「……お化け出そう」
「はは、お化けが怖いのか。お前も意外に可愛いとこあんだな」
「な゙……!先生はお化け怖くないの!?」
「お化けより自分の方が怖い自信あるからな」
「ふむ、確かに」
「納得すんじゃねーよ、失礼な奴だな」 私の頭をコンッと小突いて、先生はわざとらしく怒った顔をした。それからすぐにぷっと小さく吹き出して、笑い声を上げた。
やっぱり、先生は怖くない。
「はは……お化けが出たら、俺が怒鳴って追い返してやるから安心しろ」
むしろ、先生の隣にいるだけで、怖いものなんてなくなっちゃうんだ。
先生の笑い声を聞いていたら、さっきまで襲いかかってきそうだった木の枝は、手を振って私たちを見送ってくれているように見えた。地獄の果てへ続いているように思えた真っ暗闇の道は、その先にきっと何か素敵なものがあるんじゃないかって思えた。
「先生ってすごいね」
「……お前もすごいけどな」
「?」
「いや、なんでもない」 先生はそう言って私から窓の外に視線を移すと、それからゆっくり車の速度を落とし始めた。

