その夜は眠れなかった。
何も反応しない父が悲しく、
心のどこかで、
またカイルが風のように現われてくれるのを、
待っていたのかも知れない。
そう、まともに話したのはあの夜、
ほんの数十分だけだったが、
カイルの言葉に嘘はないように感じた。
カイルは同じ母・ソフィアから生まれた兄、
カイルの父親がアメリカ人だったから、
日本人の父を持つリュウとは容貌が微妙に異なるが、
それでも、この世にたった1人の兄なのだ。
2人に兄弟の絆はある。
カイルは父の事故を知って、
ああして見に来てくれた。
ビジネスマンだから時間に追われ…
あんな時間になってしまったが…
心配してくれていたんだ。
また来る、と確かに言っていた。
そんなわけで、
大切な決勝戦と言うのに、
リュウは明け方になって眠ったからか、
家政婦の野村さんに起こされるまで眠っていた。
顔を洗って朝食を食べていると、
水嶋が顔を出した。
「やっぱりリュウも興奮して眠れなかったんだろう。
俺もだ。
こんな事は一生のうちにあるかないかだからな。
いや、俺としては秋の国体も狙っているが…
だけど、何となく叶いそうな気になって来た。
リュウ、覚えているか。
今日の試合をきっぱり決めて…
しっかり目立っておこうぜ。」
「うん。その頃には父さん、起きているかなあ。
僕も父さんに見せたい。」
「それはそうだ。
あ、そうだ。今から俺の店の裏側にある弁財天に行こう。
最近は芸事の神様のように思われているらしいが、
元々は武運を祈る神様だったらしい。
必勝祈願と親父さんの回復願いだ。」
水嶋はリュウが思っても見なかった言葉を出してきた。
そう、とても嬉しい言葉だった。

