吉野の方を向いていた水嶋だったが、
興奮した様子でかおりの前に擦り寄ってきている。
かおりはその剣幕に驚き、
水嶋とリュウを代わる代わる見ている。
勿論、そんな光景があれば…
部員全体が耳をそばだてている。
「私の母はあの近くの会計事務所で働いているの。
昨日は母の誕生日で…
会計事務所の人たちが母をディナーに招待してくれていたの。
私の家は母子家庭、と言う事は知っていて、
私も誘ってもらった。
でも、手ぶらでは、と思って、
皆で食べられるようにチョコレートを持っていこうとしたの。
その時に見ちゃったの。」
「誰があのチョコレートを買ったか、
それを見たのか。」
水嶋が真剣そのものの顔をして確認している。
「そうよ。
私だってお金持ちなら買えるのになあ、って思って見ていたわよ。
あれ、ものすごく高いのよ。
味わって食べないとバチが当たるわよ。」
「誰だ。いや、どこの店だ。」
「かおり、本当にその男を見たのか。」
水嶋とリュウは、
これで犯人が分かる、と言う思いで
かおりに確認している。
「男… 私、男だなんて言わなかったわよ。
ちょっと歳がいっていたけど…
すごい金髪の女性だったわ。
聞き取りやすい英語で…
午前中に買ったらしいけど、
ほら、リュウはテニスがあったでしょ。
渡す機会がないまま持っていたら包装がくずれた、とかで、
包装しなおしてほしい、って言って来ていたの。
その時、店員が開けたから中が見えたの。
リュウのお父さん、大学で教えているから、
さすがに顔が広いなあ、って思っていたの。
そうか、まだ食べていないんだ。
ふーん。いつ食べるの。
それなら、ひとつぐらい味見させてよね、リュウ。」
2人は一粒出して砕いたが、
関心は他にあり、良くは見ていなかった。
が、かおりにとってはよほど誘惑的なチョコレートだったようだ。

