「ラケットに触るな。
そんなものは壊した覚えなど無い。
止めろ。」
「うるせえ。
これはお前が壊したんだ。
落とし前をつけてもらうぞ。
弁償できないなら代わりにこれを使えなくしてやる。」
リュウが声のする路地の奥へ入って行くと、
そこには山崎透が3人の男たちに囲まれ、
カバーがはずされたラケットを一人の男が振り回していた。
「山崎。」
その偶然に驚きながら、
山崎がいかに自分のラケットを大切にしていたかを
知っていたリュウは、
無意識に山崎の隣に飛び出した。
リュウはラケットへのこだわりは無い。
中学で始めたテニス、
高校でもそのままテニスをする事にした時、
それまでのより少し高級な値段のものを父が買ってくれただけ。
こだわるようなものはない。
現に今日は、
何本も持っている水嶋が
適当に持って来てくれたものを使って…
何も差し障りはなかった。
しかし、この山崎はラケットに異常なまでの愛着を持っていた。
2年生になった頃、
同じ部員の立川貴一がふざけていて、
そのラケットを蹴飛ばした事があった。
立川は高校になってからテニスを始めた初心者、
新入の1年生と一緒にコートの整理が終わり、
遊び心を出していたのだろう。
その時にベンチに立てかけてあった山崎のラケットに
足がかかっただけだったようだが…
山崎は怒り…
そのまま部活をしないで帰ってしまった。
運動部員は何となく激情を燃やすタイプが多いものだが、
山崎はいつも冷静で、
暴力的になることはない。
その直後は言葉で怒りを表しても…
後は自分の中にしまい込むタイプのようだ。

