兄はベッドの上の彼の手を取った

彼はうっすらと目を開けた

彼には兄がわかったようだった

彼の目に涙がみるみる溜まり

目の端からあふれるのが見えた



「親父…苦しくないか」

兄は彼の耳元で言った

彼は首を横に振り

そしてゆっくりと口を開いた

「…俺はずっとお前の愛にすがって

いた…空っぽの壊れた俺を支えられ

たのは…お前だけ…だ…」

彼は苦しい息の下で兄に語りかけた

「俺は幸せだな…お前に看取られて

死ねる…こんな最低の人間には

見合わない幸せだ…」

彼は僕に気づいた

「…お前は彼を天使と言ってたな…

俺もそうだ…お前が天使だった…

俺はそれを…"死"に教えられた」



兄はそれを聞いた瞬間

愕然として膝から崩れ落ちた

兄は床に崩れたまま嗚咽していた

嗚咽のなかで彼の父は言った

「死は…優しいな…死にかけて

自分の本当の気持ちに気づく」

彼は微笑んだ

「そして…伝えら…れる」

兄は彼の耳に顔を近づけ

嗚咽の中で囁いた

「全部…許してるよ…父さん」

子供の頃に彼を呼んだように

父さん…と兄は彼を呼んだ

「愛してた…ずっと」

すると彼は僕を見上げて

ニコッと笑った

「君…こいつ…たのむ…」

そして彼は静かに話すのをやめた



「父…さん?」

医師が飛んできた

血圧計が異常な低下を示していた

「父さん!?」

「心拍数低下」

ナースが僕たちを後ろに下げた

兄は口を手で塞ぎ

必死に嗚咽をこらえていた

医師が処置を施す間もなく

彼の心拍数が0を示し

波形が完全に平坦になった

医師がナースに告げた

「19時12分」




彼はベッドの上で微笑んでいた