彼は貧血を起こしていた

幸いなことに出血はなく

ショック状態の低血圧と

低血糖を起こしていた



内視鏡が終わり

出血がないと知らされ

兄と僕は安堵した

あの身体であの話は過酷だったと

わかっていてもそれでも

話さなきゃならないこともある

彼にとってもそれは身体よりも

大事なことだから…

医師に促され僕らは帰ることにした

彼は点滴を受けながら僕に言った

「また必ず来て欲しい」

兄は僕に囁いた

「来てあげて」

僕はうなずいた

少し複雑な気持ちになった



帰り道僕は少し兄に近く居れた

僕の心が少しだけ

兄に寄り添えるようになっていた

兄が時おり僕を見ている

その眼差しが愛しい

胸の中に温度が戻ってきたような

温かさがあった…

久しぶりの温度

だが

真相はまだ半分しかわからない

なぜ兄が父親の入院を

知らなかったのか?

なぜ父親の不在の部屋で 

あんなことが起きたのか?

事実はまだ闇の中だ

それは明るみに出る日が来るのか?

僕にはわからない

ただ彼は何か気づいている

彼がショックを受けて倒れるほどの

シグナル

あの…兄を壊した奴らが

もしかすると…彼の知り合いなのか

あんなやつらとの接点って…

彼はどんな人付き合いをしてるんだ

僕は少な過ぎる情報を

頭の中で切り貼りしながら

もう一人の重要な誰かを

思い描いていた

でなきゃこのパズル…埋まらない

誰か

関わってる

彼がショックで倒れるような

誰かが



日が暮れて辺りは真っ暗になってた

この電車…4回乗った

帰宅ラッシュが始まりかけていて

座っている僕らの前には

大勢の仕事帰りのサラリーマンが

手すりや吊革につかまって

電車の中は混み合っていた

僕は兄が発作を起こさないか

少し心配になった