彼は僕に黙って頷いた



病院を出ると外はまだ

小雪が舞っていた

しんしんと冷えた空気を蹴るように

僕はバス停に向かった



病室を出る時彼は僕に尋ねた

君…迎えに行くのか?

あいつはこの病院知ってる…と

違うんです…僕は上着を着ながら

彼に言った

いま兄貴は一人で外出できないんだ

彼は驚いて僕に訊いた

体が悪いのか?

いいえ…体じゃないです

兄貴…心が

心?

はい…だからこのままじゃ兄貴…

僕は口をつぐんだ

彼は僕を見たまま黙りこんだ

僕もそれ以上話せなかった

話したら僕が壊れてしまいそうで

病室を足早に出た




兄貴に…なんて言おう

携帯見たこと謝らなきゃ

すべてが重い



僕は兄に話をするべきか否か迷った

兄が発作を起こすのが怖い

兄が彼に会うのを拒否するかも

でもだまして連れ行くなんて

出来るわけがない

正直に話すしかない

でも…どうやって



電車の中ふと見ると

セーターに緑色の面会バッヂが

着けっぱなしになっていた

受付の人に忘れず返却しろって

言われたのに…忘れた

面会バッヂは今日の出来事が

夢でも妄想でもないことを

静かに物語っていた

ああ…あそこにもう一度戻るんだ…

僕に根拠のない確信が生まれた

きっと兄も一緒に

僕はお守りのようにバッヂを

セーターに着けたまま

右手で握りしめた