昨日

あの部屋で兄は

僕をベッドの上でただ抱きしめた

長いこと重なりあったまま

僕たちはずっと静かに互いの存在を

確かめあっていた

互いの身体を貪ることもなく

心と心を重ね合わせ

兄は僕を守ることで

自分の存在を受け入れ

僕はその愛を受けとめることで

兄を必要とした

兄はわかっていた

すぐに僕が抱けるような状態には

ないことを

僕もわかっていた

兄が僕を情欲で抱こうと

しているのではないということを

壊れて打ちのめされた僕の心を

兄は大事に拾い上げ温め

抱えようとしてくれていた

ほとんど完全な理解の中で

僕たちは互いの求めているものを

分かりあっているようだった




兄の腕の中は

広くて暗い虚空に浮かぶ

コロニーのようだった

その中で僕は久しぶりに息をした

あの雷雨の夕暮れから

止まってた呼吸

愛は酸素だ

それがなくては

虚空では生きていけない

僕はかつて無意識に酸素を吸って

無意識に吐いていた

だが僕は酸素を失い

初めて生きていけないことを知った

愛されてる

僕は愛されてる

「兄貴に…酸素…もらってる」

僕は目を閉じたまま呟いた

「息が…出来る」

「俺も…だ」

兄も静かに囁いた

僕たちはいつの間にか

眠りに引き込まれていた

きっと兄も僕と同じように

眠っていなかったのだろう…




僕がぼんやりと目を覚ました時には

部屋は真っ暗だった

僕は自分がどこに居るのか

朦朧としてすぐには分からなかった

夢…かな

となりに誰か…居る





兄が…




夢か幻か現実かわからない境を

僕の意識はさまよっていた

兄が寝返りをうつ

兄は無意識に僕の肩を抱いていた

「…あ」

何か甘く切ない衝動が

身体に広がった

兄の手が触れている肩が

感じて痺れてきて

その痺れはたちまちのうちに

抗い難く身体中に拡がっていった