その時の僕の気持ちは

言葉では伝えられない

ハートがショートするかと

思うくらいの衝撃が胸を貫き

心臓を焼き焦がした

僕は夢中で通話ボタンを押した

両手で携帯をつかみ

耳に押し当て叫んだ

「兄貴!…兄貴!」

しばらくの沈黙の後

なぜか電話はプツリと切れた

僕は携帯を耳に押し当てたまま

茫然と立ち尽くした

その1…2秒後

背後でガチャッと

ドアの開く音が聞こえた

僕はビクッとして

反射的に音のした方を振り向いた

その開いた戸口には

あの男が僕を見据えて

立っていた




「やっぱり…」

彼は僕を見てそう言った

「見てたね…私達のこと」

僕は振り向いた形のまま固まり

彼を愕然と見つめていた

「彼の弟さん…だね」

彼は僕が誰か知っていた

だが僕は首を横に振った

「隠してもだめだ…君の兄さんの

携帯で君に電話を掛けたんだから」

彼の右手から兄の携帯が

ストラップにぶら下がって

揺れていた

「君の携帯が鳴ると思った…此処を

知っているのは多分私たち三人」

彼は僕に近づいて来た

「君が"兄貴"と呼ぶのもドアの

向こうから聞かせてもらった」

彼は僕の腕をつかんだ

「さあ…部屋に入ったら?…兄さん

にも逢いたいだろう?」

僕はなすすべなく

部屋に引きずりこまれた




蝋燭が赤々と燃える部屋に

僕までが入り込んでいた

さっきまで隔絶した別の世界に

自分が属していることが

信じられなかった

短い廊下を曲がると

ワンルームの兄の部屋のベッドが

すぐに現れた

しかし兄のいるはずのベッドには

なぜか誰も居なかった