僕はその夜

何度も何度も兄に電話をした

祈るように何度も何度も

リダイアルを押し続けて

だけど兄は僕の電話に出ることは

なかった



もしかして

もうすでに遅いのか

それとも

ただ音を切って眠っているのか

遠く離れたあの部屋には

今は僕の手は届かない

終電は終わってしまった

明日…

明日になれば

僕はあの部屋に飛んで行くから

だから僕の電話に出て

お願いだから…兄貴

恐怖が胸の中を占領している

怖い…怖い…

なんでこんなことに…




僕が追い詰められると

破壊衝動となるように

兄が追い詰められたとき

それは自滅の衝動となる

兄の発作がすでに出ていて

兄からあの男に被虐を求めて…

もう…遅いのかも知れない

兄はいま父を失い

僕の元から去った

それに乗じてあの男がまた兄の心に

悪魔のように甘く忍び込むとき

兄はその悪意に気づけるんだろうか





そうだ…

僕は重大なことに気がついた

あの男にとっても兄の父の死は

大きな喪失なんだと

あの男はあの人を愛していた

あの人にとっては愛のない

ただれた関係のはずだったのに

あの人はあの男の心を

理解していなかった

そうしたらあの男はあの人を二度

喪失していることになる

空虚な二人が互いの闇を

互いに埋め合わせる

被虐と嗜虐と…

鍵と鍵穴のように噛み合う闇




ああ

ただの推測で終わって

こんなの…いやだ




疲れはてた僕は明け方近くに

携帯を握りしめたまま

意識を失っていた