「学校終わった?」
『ああ、さっき。今日は何処に迎えにいけばいいんだよ、真也』
「――シンヤとお呼び、ミナト君。」
『…てことは依頼か、』
「うん。今日は駅前のドーナツ屋さんに来てくれる?
依頼者さんがおごってくれんの。」
『ったく…わかった、待ってろよ。』
「うん。」
『じゃ』
「じゃあね」
ぴ、と電子音を立てながら真也は携帯の電話を切った。
そして、目の前で大人しく縮こまるサラリーマン風の男に視線を向ける。
漫画のように7対3に別れた前髪に、長いとも短いとも取れる中途半端な長さの後ろ髪髪。
銀色の眼鏡が輝くのに、その鉛色は何故かその男の雰囲気をよりいっそう暗く見せている。
「い、今の、電話相手は…?」
「ミナト。私の助手ですよ。頼れる人だからご安心ください」
不安げに問いかけてくるサラリーマン風の男に真也はにこり、と作り笑いを浮かべ答えた。
彼女に、表情は無い。正確に言うのであれば、いつの間にか失ってしまったのだ。
張り付けた、自然体を装う不自然な笑顔が、彼女の怪しい雰囲気をよりいっそう膨らませた。
「そう、ですか、」
「…取り敢えず、依頼内容を教えてくださいますか?
私みたいな、ごっこ遊びの探偵に依頼する“お仕事”を。」
「―――その、」
「……」
「…僕のペットが、三日前から、帰ってこないんです
……お、お恥ずかしい話…貴方以外に手伝ってくださる方がいなくて…」
「オーケー、引き受けましょう」
あはは、と誤魔化すように笑う男に真也は冷静な表情で、しかし口元には笑みを浮かべながら答えた。
男の心境を彼女は知らない。仮に、知る術を持っていたとしても彼女には到底興味の無いことだった。
見つめ合う、見つめ合う―――これからしばらくの間は毎日のように顔を見なければならない相手と、真也は静かに見つめ合う。
沈黙、そして目を逸らせない程に凛とし、背筋を正した真也は先程まで今時の若者そのものであったことなど微塵も感じさせない。
ただ、長い間――二人は黙ったままであった。

