「大丈夫?」
顔を上げると、お母さんの担当医師が立っていた。
「先生……」
慌てて涙を腕で拭った。
「少し向こうで話そうか」
「……はい」
廊下の隅にある自販機コーナーの長イスに医師とあたしは座った。
「ガンの痛みはね、想像を絶するほど激痛だといわれてる。身体的にも精神的にも本当につらいんだよ。つらいだろうけど、お母さんのこと……」
「はい……わかってます」
「鎮痛剤でなるべく痛みをコントロールしてあげて、お母さんが少しでも穏やかに過ごせるよう努めますから」
あんなお母さんは初めて見た。
お母さんがあたしにつらくあたるのも、お母さんのせいじゃない。
お母さんはなにも悪くない。
お母さんをそんなふうにさせるのは、病気のせい。
お母さんは本当は優しい人だって、あたしがいちばん知ってる。
そう。全部わかってるのに。
それでもつらくてどうしようもない日もある。
「お母さんの痛みに応じて鎮痛剤を変えるけど、これからは、いまよりも寝ている時間が多くなります」
「いまよりも……強い薬を使うんですね?」
声が震える。
「お母さんの痛みが少しでもやわらぐなら……お願いします」
医師に頭を下げた瞬間、涙が頬を伝ってく。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)