冷たい雨が……急に止んだ……?
違う。雨粒の音は聞こえてる……。
「咲下?」
頭の上から聞こえた声に顔を上げると、
あたしの頭の上には、大きな青いビニール傘。
あたしが雨にあたらないように傘を傾けて、制服姿の橘くんが立っていた。
「どした?何があった?」
橘くん……。
「こんな雨の中いたら風邪ひくだろ」
助けて……。
「咲下……?」
橘くん……助けて……。
拳をぎゅっと握りしめる。
「咲下?なにがあった?」
「ううん……なんもないよ」
あたしはベンチから立ち上がった。
そうやってあたしに傘を傾けたら、橘くんが雨に濡れちゃうよ……。
「あたしは大丈夫だから……雨濡れちゃうよ?」
傘を持つ橘くんの手を、あたしは上からそっと握って、傘を橘くんの頭上に戻す。
「大丈夫には……見えないよ」
あたしの瞳を真っ直ぐに見つめて彼は言った。
傘の中、見つめ合う。
「ホントに平気だから!じゃ……」
傘から飛び出してあたしは雨の中を走っていく。
すぐにうしろから橘くんの叫ぶ声が聞こえた。
「咲下っ!待って、傘……」
立ち止まったあたしは、振り返って笑顔を見せる。
「うちすぐそこのアパートだから。ありがとっ」
そう彼に叫んだあと、すぐに振り返って、そのまま家まで必死に走った。
――ガチャ……バタン。
びしょ濡れのまま、玄関に倒れこむ。
「……ハァ……ハァ……っ……」
目を閉じると、
“おかえり”
お母さんの優しい声、お母さんの笑顔を思い出す。
もう二度と……。
お母さんは家に帰ってこれないの?
おかえりって言ってくれないの?
「……うぅっ……おかぁ……さぁん……っく……ひっく……」
お母さんを助けて……。
「たすけて……っ」
声を押し殺して泣いた――。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)