――ザーッ、ザーッ。
穏やかな波の音に包まれる夜の砂浜をひとり歩いている。
足が重たくて、一歩進むごとに、だんだんと砂の中に埋もれていくみたい。
『凜』
辺りには誰もいないはずなのに、声が聞こえてくる。
『凜』
あたしの名前を呼ぶ声。
この声が誰の声なのか、すぐにわかった。
誰よりも大切な人だった。
あたしにとって家族と呼べるのは、彼女だけだった。
……お母さん。
お母さんの姿はどこにも見当たらず、あたしを呼ぶ声もすぐに聞こえなくなってしまった。
その場に立ちつくすあたしは、泣いていた。
“大切な人は、あたしのそばからいなくなる”
頭の中で聞こえた声。
あたしの……声……?
両手で耳を押さえ、首を何度も横に振る。
違う……嫌……。
そのとき、
『咲下』
橘くんの声が聞こえた。
だけど、彼の姿はどこにもない。
“大切な人は、あたしのそばからいなくなる”
橘くんは……いなくならないよね?
橘くんだけは。
あたしのそばに。
そばにいて――。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)