“ありがとう”
その言葉は、本当はあたしが言いたい。
橘くんには、何回言ったって、何百回言ったって足りないね。
微笑むあたしを見て、床の上の彼は、あたしの体を優しく抱きしめた。
彼の胸に耳をあて、目を閉じる。
“好き”
あたしは心の中で呟いた。
こんなにも胸が苦しくて、涙が出るくらい……好き。
ちゃんと言いたい。
あたしの声で、伝えたいのに……。
あたしの声は、いつになったら元通りになるの?
あとどれくらい待てばいいの?
時々、不安で眠れなくなる。
このまま一生、あたしは声を失ったままなんじゃないかって。
そう思ってしまう日もある。
あたしは、彼の服をぎゅっと強く掴んだ。
彼の服が、あたしの涙で濡れてゆく。
「咲下……?」
あたしは顔を上げて、涙ながらに微笑んだ。
彼はあたしの心の声に答えるかのように、
「大丈夫」
そう優しい声で言った。
「泣きたいときは、泣いていいんだよ」
そう言って今度は、あたしをぎゅっと強く抱き締めてくれた。
“泣いていいんだよ”
前にも、そう言ってくれたことがあったね。
無理をしなくてもいい、そのままのあたしでいてもいいんだって。
そう思える場所を作ってくれた人だった。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)