あたしがのえるの体を離すと、彼女はあたしの顔を見つめた。
彼女は、持っていたカバンの中から通帳を取り出して、あたしに渡す。
『お父さんの残したお金よ。しばらくは、これで生きていけるでしょ?だから、ちゃんと病院にも行きなさい。まずは声、治さないとね」
あたしは通帳をカバンの中にしまい、小さくお辞儀をして歩き出した。
『りんちゃーんっ!バイバーイ』
のえるの声が後ろから聞こえて、あたしは振り返って笑顔で手を振る。
元気でね……のえる。
そう心の中で呟き、前を向いて歩き出した。
そのとき、後ろから誰かに抱きしめられ、あたしは驚いて立ち止まる。
あたしを追いかけてきて抱きしめたのは、彼女だった。
「……強く生きていくのよ」
彼女はそう一言残して、あたしの体を離し、のえるの元に戻っていった。
ふたりが手を繋いで歩いていく後ろ姿を見つめたあと、振り返ったあたしは歩き出す。
傲慢な彼女が大嫌いだった。
あたしの家族を壊した彼女が、許せなかった。
彼女はあたしを、お母さんに似て弱いと言った。
あたしはすべての憎しみを彼女に向けた。
反抗し続けるあたしから、彼女は一度も逃げなかった。
どんな形であれ、受け止めて。逃げ出すことだって、いつでもできたはずなのに。
それもすべては、あたしを強くするためだったんだろうか。
もう二度と逢うことはない。
それでも、ひとつだけ彼女に願うとしたら。
のえるを幸せにしてあげて欲しい――。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)