父親と暮らしたあの家は、売りに出すことが決まった。
父親が死んだあと、あたしはあの広い家にひとりで住み、毎日少しずつ家の中を片付けていた。
彼女とのえるは彼女の実家に戻っていて、時々昼間に彼女がこの家にやってきて、自分たちの荷物を整理していた。
そんなある日のことだった。
あたしがひとり、父親の書斎で片付けをしていると、
机の引き出しの奥から一枚の写真が出てきた。
その写真には、父親とお母さんとまだ幼いあたしの3人が写っていた。
お母さんとあたしを捨てて出て行った父親が、
あたしたち家族の写真を持っていたなんて思いもしなかった。
この3人がまだ“家族”だったときの写真。
写真の中の3人は、幸せそうに笑っていた。
昔は、こんなときもあったんだと思うと、胸がぎゅっと締めつけられた。
幸せだったときを思い出せないくらい、つらいことが多すぎたから。
お母さんのこんな笑顔も、あたしは忘れかけていた。
写真の裏には、父親の字でこう書かれていた―ー。
“清らかで、力強く生きて欲しい。そんな願いを込めて愛する娘を『凜』と名付けた。”



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)