しばらくして、パジャマ代わりの丈の長いTシャツを着た咲下が浴室から出てきた。
彼女は濡れた髪をバスタオルで拭きながら、冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫の横で、コップを2コ用意した彼女は、俺の分も麦茶を入れてくれていた。
彼女は俺の元にやってきて、麦茶の入ったコップを笑顔で差し出す。
「あ……いい。テーブルに置いといて。あとで飲む」
俺は彼女から視線を逸らし、冷たい言い方になってしまった。
立ち上がって彼女の横を通りすぎる俺は、浴室に入る手前で彼女のほうに振り返る。
床にペタンと座る彼女は、どこか哀しげな顔でうつむき、手に持っていた麦茶のコップを見つめていた。
服を脱いで浴室に入った俺は、頭からシャワーの水を浴びる。
……アホか、俺は。
何、咲下に冷たくしてんだよ。
何、目を逸らしてんだよ。
くだらないことでモヤモヤして。冷たい態度とって。
彼女の気持ちを確かめようとするなんて……ホント、バカ。
咲下にあんな顔させるなんて……。
最低だな、俺は。
こうしてそばにいるだけで幸せなのに。
なにやってんだよ。
人は……欲張りだな。
そのせいで、すぐに大事なものを見失いそうになる。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)