「……咲……下……?」
波の音にかき消されてしまうほどの小さな声。その声を出すのが、俺にはやっとだった。
彼女が立つ横には、赤色のキャリーバッグ。それをそこに置いたまま、彼女はゆっくりと俺の方に向かって歩いてくる。
「咲下……っ」
俺は彼女に向かって走っていく。
……ずっと、ずっと
待ってるつもりだったよ。
どれだけ時間が過ぎたとしても。
何年経っても。
毎日、咲下のことを想いながら
この場所で
いつまでも、ずっと。
ずっと、ずっと……
待ち続けるつもりだったよ――。
「咲下……」
だけど、本当はすごく。
すごく、逢いたかったんだ……。
瞳に涙を浮かべて微笑む彼女を、俺は強く抱きしめる。
「おかえり」
そう彼女の耳元で呟いた俺は、これが夢じゃないことを祈りながら、
彼女の体を強くぎゅっと抱きしめて、彼女の存在を実感した。
戻ってきてくれて
俺のところに来てくれて、ありがとう……
彼女は俺の背中に手を回し、俺の腕の中で泣いていた。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)