看護師に連れられてやってきたのは、お母さんの担当医師がいる診察室だった。
メガネをかけた中年男性の医師と向かい合って、あたしはイスに座った。
「娘さんの……凜さんだね」
「はい、そうです。あのお母さんは……」
「凜さんのお母さんね、2日前に体調が悪くてうちの病院に診察に来たんだ。かなり前から無理をしていたんじゃないかなぁ」
やっぱり無理してたんだ……。
「あの……お母さんは、どこが悪いんでしょうか?」
「まだ詳しく検査をしてみないとハッキリと言えないな」
「そうですか……」
「検査の結果が出たら、ちゃんとお話しますね」
「はい、わかりました……」
うつむいて返事をした。膝を押さえていた手に力が入る。
「それで聞きたいんだけど、凜さん以外にご家族はいるかな?」
父親の顔が、頭に一瞬よぎる。
「家族は、私しかいません」
「お母さんのご両親はいらっしゃる?つまり、凜さんにとっておじいちゃん、おばあちゃんだね」
「ふたりとも私が小さい頃に亡くなりました」
「お母さんの親戚は?どなたか、大人の方いないかな?」
「ひとりだけ……お母さんの妹がいますけど、遠くに住んでいてすぐには……。私じゃダメなんですか?お母さんには私しか……」
「そうですか、わかりました。ではお母さんの検査結果が出たら、凜さんにご連絡します。連絡先は看護師に伝えておいてくれるかな?」
「……はい」
診察室を出て、看護師にあたしのケータイ番号を伝えた。
「お母さんのこと、よろしくお願いします」
あたしは看護師に頭を下げて、病院の出口へと歩いていく。
お母さん……。
あたしはポケットの中から、星砂のキーホルダーを取り出した。
お母さん……早く元気になって……。
キーホルダーを両手で包み込むように握り締めた。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)