俺は言葉を失う。
いま……なんて言った?
俺の聞き間違いなんかじゃないよな。
“お兄ちゃんと凜ちゃんね、付き合っとるんよ”
確かにそう……聞こえた。
「なん?どしたん?」
彼女の声にハッとする。
「あ、いや……そうなんだ……」
「ほうよ。ま、お兄ちゃんがベタ惚れって感じよねぇ」
なんだ……そっか。
咲下、彼氏がいたのか。
前に、くぼっちから言われた言葉を思い出す。
“ほっといたら他の男に持っていかれるぞ?”
バカだな、俺。
本当にそうなっちゃったよ。くぼっちの言うとおりだった。
彼氏がいるのに俺なんかが会いに来たら、迷惑だよな。
今度こそ想いを告げようと決めてきたけど、そんなことしたって何も意味もない。
だって咲下の答えはもう出てる。
「あのさ、頼みたいことがあるんだけど……」
俺はカバンの中から、咲下のノートが入った大きな封筒を取り出した。
「これ、咲下に渡してもらえるかな」
「別にええけど……」
このノートも、本当は会って直接、咲下に渡すつもりだった。
でも……いま俺、咲下に会って、
どんな顔をすればいいのかわからない。
咲下の前で。咲下と彼氏が一緒にいる前で。
“新しい学校はどう?”とか“お父さんと仲良くやってる?”とか。
そんなこと、明るく笑って聞ける自信なんてない……。
「え?帰るん?」
「ごめん、用事思い出して。もう行かないと」
「凜ちゃんに会わんでええの?」
「……元気ならいいんだ」
「あ、ちょっと……」
俺は彼女に封筒を預けて、その場を去った――。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)