病気になって入院して、親父は弱気になったのかもしれない。
『……行かないよ、俺』
『行ってもいいんだぞ。母親には俺から連絡しておくから……』
俺は拳をぎゅっと握りしめた。
いまさら。
いまさら、そんなこと言うな。
俺がどれだけつらくても耐えたのは、他の誰にも心配かけたくなかったから。
それに……。
『母ちゃんのそばには兄ちゃんもばーちゃんもいるけど……親父にはもう俺しかいないじゃん』
『琉生……』
『俺に悪いと思ってるなら、最後まで俺を捨てんなよ』
俺が親父の部屋を出ていくと、部屋の中から親父の泣き声が聞こえてきた。
昔の親父に戻ってくれたんなら、俺はそれでいい……。
その次の日から、親父はマジメに仕事を探すようになった。
仕事が決まらなくても、酒を飲んだりすることもなくなった。
そのうちやっと仕事も決まって働き始めた親父は、昔の親父に戻りつつあった。
遅く帰ってきても洗い物をしたり、朝早く起きて洗濯をしてから仕事に行ったり、
昔の親父よりは、少しだけ優しくなったような気もする。
終わることのないと思っていた世界。
真っ暗で、小さく狭い世界。
それがすべてだと思ったこともあった。
足元も見えない夜を歩き続けて、
そこからは逃げられない
抜け出すことのできない世界だと。
“なんで俺だけが”
あの日、キミに出逢うまでは
そう思ってた。
俺に手を差し伸べてくれたキミ。
キミのノート。
俺の世界に光をくれたのは
夜から連れ出してくれたのは、咲下だった――。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)