親父を殺そうとしたあの日、体の痛みでフラフラしながら夜道を歩いていた俺は、
あるバス停の近くで、制服を着た同じ年くらいの女の子とぶつかった。
――ドンッ……ドサッ。
体がぶつかった衝撃で俺は地面にうつぶせに倒れ込み、
彼女は持っていたカバンを地面に落とし、チャックが開いていたカバンからは教科書やノートが飛び出して地面に散らばった。
起き上がる気力もない倒れたままの俺に、彼女は手を差し出した。
『大丈夫……ですか……?』
心配そうな顔で俺を見つめる彼女の顔。
そのとき、ハッキリと彼女の顔を見た。
俺は差し出されたその小さな手を握りしめて、
ゆっくりと起き上がり、それでも立ち上がる気力はなくて地面に座りこんだ。
『あの……口から血が……』
少し怯えた様子で俺に聞く彼女。
『……平気だから行って』
そう俺が言うと、彼女は地面に散らばった教科書やノートを慌ててかき集めてカバンの中にしまい、俺に小さくお辞儀をしたあと走り去っていった。
「もしかして……その女の子が咲下なの?」
くぼっちの言葉に俺は小さくうなずく。
「その名前も知らない女の子が、一冊のノートを忘れていった」
彼女が去ったあと、俺はノートを踏んで座ってたことに気づく。
ノートの後ろには、名前が書いてあった。
“咲下 凜”
彼女の姿はもう見えなかったし、追いかける気力もなかった俺は、
その場に座ったまま何気なく彼女のノートを開いて見た。
「絶望してた俺は……そのノートに救われたんだ……」
「ノートには何が?……いや、それは聞かないほうがいいよな?橘と咲下だけが知ってる秘密の記憶だもんな」
そう言ってくぼっちは微笑んだ。
寝っ転がっている俺は、青空を見つめて呟く。
「言葉はさ、人を傷つけることもあるけど……人を救えることもあんだなって……。俺はあの日、そう思った……」
彼女が忘れていったノートの最初の1ページ目を見た俺は、
そのあとノートを閉じて、
その場に座ったまま、夜空を見上げてた。
数えられるほどの星しか見えなくても、しばらくそこで……
ただ星を見つめてた。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)