「橘が……人を殺そうとした……?」
俺はくぼっちの目を見て、小さく頷く。
唖然とするくぼっちは、動揺を隠せない様子だった。
「誰に対しても優しいおまえが……?嘘だろ……?そんなの信じられるわけねぇじゃん……」
俺は空を見つめながら、誰にも話したことのない過去をくぼっちに話した。
「うちの両親さ、俺が幼い頃に離婚したんだ。俺は親父に引き取られて、この街にやって来た……」
元々は自然豊かな田舎で、ばーちゃんと、両親、兄ちゃんと俺の5人家族で住んでいた。
俺が5歳のときに両親が離婚して、親父に引き取られた俺は、この都会の街にやってきた。
親父は仕事で帰りも遅く、俺は小さなアパートの部屋でひとりで過ごすことが多かった。
保育園の迎えは、いつもいちばん最後だった。
一緒に遊んでいた友達は、みんな何時間も前に母親が迎えに来て帰っていく。
外は暗くなり、俺はいつも最後のひとりになり、保育士と教室のおもちゃで遊びながら迎えを待つ日々だった。
“琉生くん、お父さん遅いね”
それが保育士の口癖だった。
それでも親父は仕事で保育園の迎えに間に合わない日がほとんどで、
親父から連絡をもらった近所に住むアパートの大家のおばあさんが、俺を迎えに来ていた。
だから親父が保育園に迎えに来てくれた日は嬉しかったけど、
あの頃から俺は、親父に甘えたくても甘えられなかった。
親父は普段からあまり笑わない人で、俺にはいつも冷たい態度だった。
周りの友達のように保育園に迎えに来た親に抱きついたり、抱きしめてもらったりと、そんなことは一度もなく、
帰り道も手さえ繋いでもらえなかった。
ただ、親父の背中を見つめながら後ろを歩き、黙ってついていくだけだった。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)