あたしは驚いて目を見開く。
いま……あたし何を……
塞がれた唇、息ができない。
「……っ」
陽太はあたしの唇をゆっくりと離し、目を伏せたあとで、もう一度あたしの目を見つめた。
あたしの後頭部を押さえていた陽太の大きな右手は、あたしの左頬にそっと触れる。
顔を背けたあたしは、頬に触れる彼の右手を掴み、そのまま下におろした。
「……凜」
少しかすれた陽太の低い声。
「か、帰るね」
そう言って慌ててあたしが立ち上がると、
――カチャン……。
服のポケットから、星砂のキーホルダーが床に落ちた。
それを拾って、ぎゅっと握りしめる。
「凜……っ」
「じゃ……」
あたしが陽太の部屋から出ると、開けっ放しになっていたドアの横には陽葵ちゃんが立っていた。
もしかして……いまの見られてた……?
「凜ちゃん、ハンカチ……テーブルの上に忘れとったよ」
「あ、ありがと。じゃ……」
陽葵ちゃんからハンカチを受け取って、あたしは急いで階段を駆け下りていく。
――ガチャ、バタン。
陽太の家を飛び出して、あたしは駅のほうに向かって走っていく。
「ハァ、ハァッ……」
なんで……?
なんでキスなんか……。
――ドサッ。
石につまずいて、あたしは道の真ん中でうつぶせに倒れ込んだ。
手に握っている星砂のキーホルダーを見つめると、静かに涙がこぼれた――。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)