「陽葵ちゃんか。可愛い名前だね。それと敬語とか使わなくていいよ?」
「はーい。ほんで、凜ちゃん……て、呼んでもええ?」
「いいよ」
陽葵ちゃんも、陽太と同じで少し方言がまじった話し方だった。
「お兄ちゃんから、いつも凜ちゃんの話聞いとったんよ」
「え?どんな話?」
陽太のことだから、どうせヘンなことばっかり言ってるに決まってる。
「へへっ。えーとねぇ……」
そのとき、後ろから大きな声が聞こえた。
「陽葵ーっ」
振り返ると、陽太のお父さんとお母さんが仲良さそうに腕を組んで立っていた。
「お母さんたち出掛けるけん。火の始末なんかも気ぃつけなさいねぇ」
「はーい!いってらっしゃーい」
陽葵ちゃんは、お母さんたちに向かって手を振る。
あたしもふたりに向かって軽くお辞儀をすると、
「ゆっくりしていきなさいねー」
そう言って明るい雰囲気のお母さんは、あたしにも手を振ってくれた。
バーベキューを始める前に、陽太の両親と少しだけ話をしたけど、ふたりとも明るくてフレンドリーな人たちだった。
「日曜はだいたい夫婦でデートなんよ」
そう言って、陽葵ちゃんは少しあきれたように笑う。
「ええ年して、ラブラブなんよね」
「仲良しでいいじゃない」
陽太の両親は、車に乗って出掛けていった。
「ほうねー。うちの家族が自慢できるこというたら、仲がええことくらいやけんね」
「素敵な……家族だね……」
うらやましかった。すごく。
そんな家族の中にあたしも生まれたかった。
愛が溢れる家。
人に仲良しだって言えるくらいの家族。
あたしには絶対に手に入らない。
家族はもういないから。
あたしにはお母さんが、たったひとりの家族だった。
大好きなお母さんは、もうこの世界にいない。
お母さんがいてくれるだけで、本当は幸せだったのに。
お母さんに会いたい……。
すごく……会いたいよ……。
涙が込み上げてくる。
こんなとこで泣いちゃダメ。
せっかくの楽しい雰囲気、壊したくない。
泣かない。泣いちゃダメ。
あたしはうつむいて、下唇をぎゅっと噛みしめて涙をこらえた。
「凜ちゃん?」
陽葵ちゃんがあたしの顔を下からのぞきこむ。
「顔色……悪いんやない?具合悪いん?」
「ううん、大丈夫だよ」
そう言ってあたしは笑顔を見せた。
ふと視線の先に、みんなと騒いでる陽太がいた。
「なんで……陽太が陽太なのか……わかった気がする」
あたしが小さな声で呟くと、陽葵ちゃんは首を傾げてあたしを見つめた。
「お兄ちゃんが?どういう意味?」



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)