吉野の髪から、ふんわりとバニラのような甘い香りが漂ってくる。
俺は天井を見つめたまま呟いた。
「吉野……大丈夫……?大丈夫ならどいて欲しいんだけど……」
「あ、うん。ごめんっ」
吉野は起き上がって、俺の体から離れた。
「へへっ。うれしくて、思わず抱きついちゃったっ」
そう言って吉野はニコッと笑い、仰向けで倒れている俺に手を差し出す。
「平気」
その手は握らず、俺は自分で起き上がった。
吉野はトンッとベッドから降りる。
「じゃぁ……更紗、行くねっ」
「チョコ、ありがとな」
「うんっ!それワサビ入りのチョコだからっ!」
「え?ワサビって……」
「うそだよーんっ」
吉野はベーッと舌を出してイタズラっぽく笑った。
「バイバイっ」
そう言って笑顔で俺に手を振って、吉野は保健室を出て行った。
しばらく話してなかったけど……。
今日はいつもの吉野って感じだったな……。
ベッドの上の、吉野からもらったチョコの箱を見つめる。
――バンバンッ!
その大きな音に体がビクッとなる。
横を向くと、外から保健室の窓にへばりついた、くぼっちがいた。
「顔……すげぇことになってるけど……」
――バンバンッ!
くぼっちは窓に顔をくっつけたまま、両手で窓を叩き続ける。
中に入れろってこと?
えーと、無視してみっか。
――バンバンッ!
「うるせー。はいはい、開けるよ」
俺は窓の鍵を外す。
――ガラガラ。
俺が勢いよく窓を開けると、くぼっちは外から保健室の中に入ってきた。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)