「はいっ、これ」
吉野は後ろに隠し持っていた小さな箱を、両手で俺の前に差し出した。
赤色の丸い箱。茶色のリボンが結んであった。
「チョコ……作ったの……」
そう言って吉野は、両手で箱を持ったまま、少しうつむく。
「受け取ってくれるだけでいいから」
「でも……」
「友チョコ……ってことで、どぉかな?」
吉野は顔を上げて、俺の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「前みたいに戻りたいの……っ」
そう小さな声で言った吉野の目は、少し潤んでいた。
「気まずくて、ずっと避けてたのは更紗のほうなのに……勝手なこと言ってごめんね」
「いや、勝手なんかじゃないよ」
「でもね、今日はバレンタインだから……勇気出して伝えようって思ったの。これからは、橘くんと前みたいに普通に話したいなって……」
吉野はぎゅっと両目を閉じ、そのあとゆっくり片目だけ開けて聞く。
「ダメ……かな……?」
俺はフッと笑い、吉野の手からチョコの箱を受け取った。
「ありがと。吉野……」
「もらってくれるの……?また前みたいに普通に話してくれる……?」
「ん。もちろ……」
「キャ―――!よかったぁーっ」
吉野は、満面の笑みで俺に勢いよく抱きついてきた。
「ちょっ……うわっ」
――ドサッ。
そのままの勢いで、俺は体ごとベッドの上に倒された。
吉野は俺の胸に顔をうずめて乗っかったまま動かない。



![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)