「山羊が悪魔なんて……」
顔を顰めた芹霞に、緋狭さんは言った。
「シュブ=ニグラスは女性とされている。兄弟姉妹、親子供関係なく交わり、この背徳行為で生まれた子供は、生け贄とされ、大窯で煮られその肉を食われる。その狂った宴では、女は歓喜に声を上げるという。『イア、シュブ=ニグラス、イア、イア』。まるで動物のように」
「ひ、緋狭姉……」
芹霞が強張った声を出した。
「あたし聞いた、それ…」
「ほう、何処でだ?」
「久遠の……そのシている場面で…"洗滌の巫女"だとかいう女がそんな声を。なんか儀式めいていて……久遠は1日13人相手しないといけないみたい…」
「1日13人で、あの域に到達できるのか……」
何やら煌が、真剣な顔で呟いている。
間違いないだろう。
此の地では、シュブ=ニグラス信仰がある。
人為的に作ったショゴスと、崇め奉るシュブ=ニグラス。
その意味する処は何だ?
「教祖もよくそんなの広めたよね」
芹霞が、呆れ顔で言った。
「確か教祖も……刹那だっけか?」
「芹霞の記憶の各務刹那、教祖の刹那、"KANAN"開発者の刹那、坊が見た地下牢に繋がれている刹那。何が虚構か、何が擬態か、何が真実か。それらを見極めず、安易に全てを同じ名の元に合となせば、思考が破綻するぞ」
含み持たせて、緋狭さんは笑った。
「1つ教えてやろう。イクミが世話した男は日本人ではない。本名はレグ=ヤッフェ。ギリシャ系ユダヤ人。表向き著名な学者だが、闇の秘密結社に属する魔術師。マスターの命により、"あるもの"を探しに日本に訪れ、各務翁と出会った。元々神道の流れを汲む各務家に、布陣…"印形(シジル)魔術"を伝えたのは彼だ。
ファーストネームの"レグ"はヘブライ語。
その意味は――」
「"刹那"、ですね」

