「何か……思い出しているのか?」
俺が震えを抑えてそう訊くと、芹霞は神妙な顔つきをしてから頭を横に振る。
「夢の中で、カガミセツナっていうのは聞いたけど…ありえない夢だったし」
「夢?」
緋狭さんが目を細め、口にしていた一升瓶をテーブルに戻した。
「山奥でね、久遠そっくりな…カガミセツナと、天使の旭くんが居て。
あたしが湖に浮かぶ本をとろうとして溺れたのを、助けて貰った夢なんだけど、久遠が彼の"お兄様"で、久遠の本を盗んだ旭くんは、久遠を恐れてびくびくしてたの。変な夢でしょ」
けらけらと笑う芹霞をみながら、俺は妙な胸騒ぎを感じた。
たかが夢だと…そう言い切れぬ、妙なひっかかりを感じるのは何故だ?
不安が煽られるのだ。
「芹霞。お前は13年前に会っている。
各務刹那と…その兄の久遠、そして旭に」
緋狭さんの厳しい顔に、否定の色がないからこそ。
「え、ええ!? ありえないよ。旭くんは羽根の生えた女の子だったし、セツナは今の久遠とそっくりだし。あれが昔の記憶だったら、2人は今頃、もっと大人だよ? 久遠がお兄さんなら、更にもっと老けているだろうし。第一、あんな山深い場所、此処にはないし」
夢独特の時間軸と世界観。
「時間が無視された処に、此の地の本質がある。どの部分が無視され、どの部分が矛盾を引き起こすか考えよ。すれば自ずと、此の地の創案者たる男達の意思が見えよう」
しかしそれさえ、緋狭さんは否定せず。
意味が判らないと息巻く芹霞の横で、俺は目を細めた。
緋狭さんは何かを示唆している。
「ところで、お前達は何処まで掴んでいる?」
俺は仕入れた情報を掻い摘んで説明した。
「坊、鏡蛇聖会はどうみている?」
「キリスト教異端、グノーシス教かと。十字架に巻き付く…尾を口にして輪状となった蛇は、ウロボロスの蛇。グノーシス主義の象徴ですし」
「煌が見た黒山羊の像は?」
「別働隊の…邪教が併設されているのかと。大体、海の中にいた奇怪なものも、煌が見たという"生き神様"というものも常識では……」
そこで言葉を切った俺に、緋狭さんは愉快そうな笑みを浮かべた。

