「……桜?」


心配気な声に、そっと目を開けてみれば。


目の前には櫂様が居て。



「お前……涙?」



今の櫂様には、きっと私の涙など理解出来ないだろう。


今の櫂様には、私が"泣く"こと自体理解出来ないだろう。



「櫂様……私は」



どこからどう見ても、櫂様なのに。



「桜は、どんな櫂様でもお仕えします。

例えそれが……」


櫂様が見知らぬ男のようだ。



「偽りに揺れる櫂様であっても」



目の前の櫂様は、僅かに目を細めた。



「俺は、偽りではない」



私は、焦れたような切れ長の目を真っ直ぐに見つめる。



「偽りではないという"真実"を証明出来ますか?」


「……え?」


「変わらない"真実"を――見せて下さい。

私達を納得させて下さい、櫂様。

私達は、その女(ひと)を櫂様の相手に相応しいとは思いません」


はっきりと私は言った。


「櫂様が"真実の愛"を示して下されば、その時は潔く認めましょう」


私達が妬み羨んだ"愛"は、所詮夢幻に終わる儚いものだと。


此の世には"永遠"など何もないと。



櫂様が、私達が、紫堂が。


全てが破綻の未来に向うことを、

黙って受け入れましょう。


櫂様の中から芹霞さんが消えた世界に、


――好きだよ?


明るい未来など、何もないのだから。