あひるの仔に天使の羽根を



玲の淡々とした声が響き渡る。


「……櫂、お前は紫堂の跡取りだ。そして須臾は"聖痕(スティグマ)の巫子"。巫子をやめさせて東京に連れるつもりなのか?」


俺はあの女の顔を見たくなくて、壁に凭れて立ったまま顔をそむけていた。


「私は巫子を放棄できません。だから……櫂には"永遠"を誓って貰って、ずっと此処で暮らして貰います」


この女の、"決定事項"みたいな物言いが無性にいらつく。


玲が訊いているのは、櫂であってお前じゃねえ!!


「折角だけれど…無理だね。紫堂の次期当主という立場は、君の意向1つで簡単に捨てられるものじゃない」


そう玲が冷たく言い放つと、


「櫂は私の為に生きるの。愛の為に全てを捨てるのは当然なこと。櫂が居なくて家が困るなら、貴方が継げばいいでしょう?"また"返り咲けばいいでしょう?」


うふふふふ。


カッとした俺が須臾に襲いかかる直前に、桜が俺の腕を掴み、一本背負いで床に俺の身体を叩き付けた。


「桜ッッ!!!……忠義心ありゃいいってもんじゃねえだろ!!? お前いいのかよ、ぽっと出のあんなふざけた女に言いたい放題言われて!!! 俺達が守ってきたものを、ぶっ壊されているんだぞ!!!?」


桜は、何も言わない。


酷く――哀しげな顔をしたまま。



「今更じゃないか……?」



そう言ったのは櫂で。


「なあ……お前達も十分、判っていただろう?」


もどかしそうな…切なげな顔を俺達に向けてきた。


「ようやく叶ったんだ。……認めろよ」


何を?


それを言葉に出来ないのは、恐かったからだ。


俺達にとって。


芹霞を溺愛している櫂こそ真実で。


だから俺達は辛い想い抱えていて。


櫂の心が変わらないと判っていればこそ、もがき苦しんでいて。