書斎は左右に、奥へと続く通路が繋がっている。
イクミの話では、右側に娘の部屋と刹那の寝所、風呂やトイレがあるらしく、そちらの方へ様子を見に行った。
玲くんは本棚から数冊本を取り出して、パラパラと頁を捲って中を読んでいる。
「重力子学……前身は教授だったか」
あたしも同じ本を覗き込んでみたが、ちんぷんかんぷん。
第一日本語じゃない。
「ドイツ語だよ? 物理学者のアルバート・アインシュタインの『一般相対性理論』の原書のようだ」
玲くんの単語は意味をなさなかったけれど、ドイツ語を読めるということを誇示するでもなく、あくまでさらりとやってのける彼の、そしてその物憂げな読書姿が、何だか知的でとても格好いいと思う。
「その本はどんなことが書かれているの?」
首を傾げて訊いてみれば、玲くんは透き通るような理知的な鳶色の瞳を、あたしの視線に優しく絡ませた。
その何が気に食わなかったのか、突然煌が間に割り込んできて、自分にも教えろとふて腐れたような顔をした。
「重力っていうのは判るよね?」
あたしと煌はこっくり頷いた。
「例えば空間を二次元の、平面だと仮定してみようか。その平面は、例えばスポンジのような柔らかいものと考えて見る。そこにピンポン球を置いた場合と、重い鉄球を置いた場合。重力によってスポンジの面の凹み具合が違ってくるのは判るよね?」
またあたしと煌はこっくりと頷いた。
「じゃあその2つの近くに、ビー玉でも転がしてみよう。ピンポン球の近くを転がった場合は、凹み具合が浅すぎてそのまま真っ直ぐころころ転がってしまうけれど、鉄球の近くを転がった場合はその凹みが深すぎて窪みに嵌って動きが止まってしまう。此処まで判る?」
あたし達は、先刻から頷くばかりだ。
「だとすれば、ピンポン球や鉄球といったような物体の質量によって、平面の角度が変わり進路が歪む…それを時空の歪みという言葉を使うなら、質量が大きい程周囲の時空は歪められ、周囲の物体は強く引き寄せられる…ブラックホールのようなものだね……。アインシュタインは『一般相対性理論』で、重力は時空の歪みと説明したんだ、凄く簡単に言うとね」

