あひるの仔に天使の羽根を

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階段を上り終えた時、あたしはまたもや胸に引き攣った痛みを感じた。


昇降運動は、思ったより身体にきついらしい。


主治医は後ろに居るけれど、心配性の玲くんのこと、此処は黙って我慢していた方がいいと思った。


あたしのことは二の次、今は桜ちゃんを回復させてあげるのが先決だ。


気付けば行く手を阻むような、一面黒い壁に四角い切り込み。


色は黒いが、外壁の不気味な素材とは違う。


所々錆び付いているフシがあるから、素材は鉄なのか。


迂回すれば階段しかないことから、この切り込みは多分扉なんだろう。


それを開けるためには、不自然に存在を主張している小さな四角機械にイクミの3度の認証が必要らしく、彼女のおかげで入り口が開く。


ゴゴゴ、とそれはまた重い音と振動を響かせて横にスライドする。


その扉の分厚さは、銃弾でも優に吸収しそうなくらい重厚なもので。


遮蔽効果抜群に思える扉が自動で動く様は、今しがた通過してきたばかりの地下の石の扉の開閉のように不可解なもので、しかも民家が持ち得る設備としては、些か行き過ぎのような違和感を感じるけれど。


ドアの奥には、内装が施されていない、何とも殺伐とした剥き出しのコンクリートに覆われた空間が拡がっていた。


壁には銀色の太いバルブが伸びていて、それの結合部分に仰々しい装置が所狭しと並び、通路の幅は人1人分程しかなく正直狭い。


「換気装置のようだな……」


目を細めて、装置を眺める玲くんの呟き。


「まるで核シェルターのような物々しさだけれど、2階に設けられているということは、退避目的ではないのかな…」


それに答えられるだけの知識人は此処には居ない。


「刹那様、お嬢様、イクミです」


前方を歩くイクミは、応答のない細い廊下をずんずんと歩いていて。


追いかけたあたしの視界拡がったのは、膨大な蔵書数を誇る本棚と、その中央にある机。


「書斎…だな。俺、絶対此処に済みたくねえ。文字に魘(うな)されそう」


煌が顔を顰めてぼやいた。