芹霞さんに向けていた全ての愛情を、須臾という女に向けている。
「ああ、遠坂か。桜の介抱すまなかったな。それから…ありがとうな、…憂い事は掻き消えた」
それは清々しく思える程の、美しい顔で。
「ねえ、櫂。こっちを見て?」
呼び捨て!!?
須臾が、櫂様の頬に手を添えて甘えたように拗ねれば、
「ん? 俺はお前しか見ていないさ。何も心配することはない」
その手に自らの手を重ね、そして再び須臾の頬に唇を寄せる。
濡れたリップ音が卑猥で。
須臾の首筋に見える赤い花弁が猥褻で。
「し、し、紫堂!!? か、かかか神崎はどうしたんだよ!!?」
遠坂由香の声は驚愕に裏返っていて。
「芹霞は唯の幼馴染だろう? 俺に対して執着が強い厄介な奴だが、あいつを何とかしないといけないな。須臾に変に誤解されたくない。玲や煌に任せてもいいな、あいつらは芹霞に惚れているみたいだし」
櫂様――なんだろうか。
本当に櫂様から出た台詞なんだろうか。
あれ程溺愛していた芹霞さんを、こんな風に扱うなんて。
「お、お前、紫堂に何した!!?」
遠坂由香が須臾に噛み付こうとした時、僅かに目を細めた櫂様はその間にすっと入り、須臾を後方に庇う。
「遠坂。須臾に手を上げるな。俺が許さない」
ぴりっと走る緊張感。
それは芹霞さんを介した時の、櫂様の敵意。
――玲や煌に任せてもいいな、あいつらは芹霞に惚れているみたいだし。
記憶も状況認識も正常なのに、芹霞さんと須臾の立ち位置だけが全く逆転している。
それを除けば、どうみても櫂様で。
例えば顔つきが違うとか、例えば目の色が違うとか。
操られている者特有の"何か"は見当たらない。
「は、葉山……どうしよう、浮気なんてのレベルじゃないよ!!?」
そんなこと、私が訊きたい。
玲様や馬鹿蜜柑が帰ってきた時。
そして何より芹霞さんが帰ってきた時。
私はどう彼らに説明すればいいのか。
「……続きは、部屋に戻ってゆっくりとな」
どうみても、須臾に本気の眼差し向ける櫂様の異変を。

