私は――
「櫂様!!! 芹霞さんじゃありません!!!」
思わず飛び出し、主である櫂様を両手で突き飛ばした。
いつもの私らしくない、無我夢中の行動だった。
主に手を上げるなど、本来ならば考えられないことで。
櫂様は即座に受け身の姿勢をとって、片膝をついて態勢を立て直し、
「……桜、良くなったのか!?」
いつもの切れ長の目で私に微笑んだ。
悠然とした立ち姿で私を見下ろすのは、私のよく知り得る紫堂櫂そのもので。
そう、私が崇める主に他ならず。
――好きだ…須臾…。
何故だ?
櫂様には何か魂胆があったのか?
何か思う処があっての演技だったのか?
そうであろうと、それしかありえないと私は思った。
しかし――
「なあ桜、目覚め早々刺激が強すぎたのは判るが、少し遠慮してくれてもいいと思うぞ、こういう場面ではな。
ほら、須臾。立てるか?」
幸せそうに、照れたように、少し残念そうに。
端正な顔に浮かぶのは、愛しさに蕩けるような表情。
須臾に優しく手を延べて、着物の乱れを一緒に直していて。
そこには"愛情"以外の心情は見えなくて。
「ふうふう、ようやく追いついた。葉山……ええ!!!?」
須臾の頬に櫂様が唇を寄せた時、現れた遠坂由香が驚いた声を出して固まった。
それは。
芹霞さんにするように自然で。
芹霞さんに向けるような甘い目で。
そう、愛しくて堪らないというような、熱い眼差しでの行為だったから。

