この屋敷内に、櫂様の気配は感じない。
それでも此処での待機を遠坂に説得されたというのなら、必ず"神格領域(ハリス)"には居るはずだ。
何処だ、何処に櫂様は居る!!?
私は屋敷を飛び出した。
感じろ、櫂様の気配を感じるんだ。
――こんなに好きなのに!!!
それは閃きのような直感で。
「温室!!?」
静まりかけた痛みに感謝して、私は全力で温室に駆けた。
草花に囲まれた温室。
噎せ返るような薔薇の香り。
居る!!!
此処に櫂様が居る!!!
がさりと紫色の薔薇が揺れ、私が声を上げようとした時、
「好きだ…須臾…」
そんな切なげな櫂様の声が聞こえて、私はぎょっとして立ち竦んだ。
艶めかしく動く、2つの身体。
見れば。
櫂様が、各務須臾に覆い被さっていて。
はだけた着物の隙間から、その首筋に更にその下へと唇を寄せていて。
ありえない光景。
須臾が、櫂様の髪に手を埋めていて。
その手は、白蛇の様にくねくねと蠢いて。
長い黒髪を乱して頭を一振りする、須臾の顔に浮かぶのは、
楚々たる様を完全に喪失した、悪魔のような残忍な嘲笑。
キケンダ。
私は、危殆に瀕した現状を感じた。
咄嗟にポケットから取り出した黒曜石。
だけどやはり、顕現できなくて。

