「ふうん。この男が……"玲"?」
妖艶な声色響かせて、視界から消えていた男が、頬を摩りながら介入してきた。
口端から血の跡。
あたしが思い切り平手打ちした同じ頬を、櫂に思い切り殴られたのか。
流石に――可哀相かも。
「ごめんね、櫂の分まで」
よく考えれば、自業自得なんだろうけれど。
「……"櫂"?
ふうん、昨日えらくちやほやされていた"紫堂財閥の次期当主"か。
オレだって噂は知ってるよ?
『気高き獅子』だっけ?
だけど意外。
お姫様の危機に駆けつけてくるのは、
てっきり"玲"だと思ったのにさ」
「何で、玲?」
脈絡ない言葉に、あたしは首を傾げる。
「だって君さ、オレに組み敷かれた時、呼んだよね?
――"玲"ってさ」
ああ、心で謝ったあの時ね。
背後から――
凄く――
凍てついた視線が。
痛すぎて、穴が開きそうな視線が。
な、何?
――ドガッ!!
鈍い音。
後方を振り向けば。
櫂が拳で地面を叩きつけていて。
しかも。
地面に、皹が。
地面なのに、皹が――!?

